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2007年10月24日

最近感情の起伏が激しい

私の。

昨日は非常勤で研究法を教えていたのだけれど、私は全部で5回×3グループのオムニバス形式の1つを担当している。で、はじめの3回欠席で、4回目に出席してきた学生がいた。名簿をみるとどうやら再履修で、確かに見覚えがある気がする。まずは優しく(私の中で)これまでの3回分の欠席理由について尋ねた(公開尋問)。すると全く悪びれる様子なく、「特にないです」ときたもんだ。

きーーーーーーっ!!

全部で5回のうち、1回目は項目作成、2回目はデータ収集、3回目はデータ入力、4回目は分析、5回目はレポートを書く準備。

再履修だから、きっと初めの3回がしんどいことをしってのことだ、そうに決まっている!許せん!

ぶち切れ寸前だったのだが、「じゃ、メールで分析用のデータは送りますけれど、この授業は出席して参加することが大事なんで、それなりに点数が引かれることは覚悟しておいてください。だからといって、レポート書かなかったら0点になっちゃうから、ちゃんと書いてね」とお伝えした。さらに今回は配布資料が沢山あったのだけれど、取にも来ないので放っておいた。フンッ!!

と、ここまでは怒りモード。授業が終了して帰宅の途につく。

そろそろ自転車は自主規制開始なのだが、空気が抜け気味なのが気になっていた。そこで空気を入れてもらおうと、家の近所の自転車屋さんに向かった。

「あの~、空気入れて欲しいんですけど」

と頼むと、金髪でいかにもやんちゃっぽいお兄ちゃんが「いッスよ!こっちに持ってきてください!」と誘導してくれた。そして空気を入れてくれている間にニコニコしながら、「お仕事の帰りですか?空気入ってないとパンクしますから、定期的に入れてくださいね!」なんて気を遣ってお話をしてくれた。

あぁ、見た目はこんなやんちゃなのに、しっかり働いて、しかもお客さんとのコミュニケーションも大事にしてるなんて…例え家で悪態ついていても、外でちゃんとしていれば、母は満足です。母はうれしいです。 

勝手に母親気分。よくよく考えたらアホ過ぎて笑える。

そんなわけで、感情の起伏が激しい毎日を送っている今日この頃。

2007年10月14日

バットマンがいいこと言うた

この前テレビでバットマンビギンズをしていた。なんとなく見ていたのだけれど、最終的には「バットマンかっこえい~」となったわけです。バットマンのレアなPEZはもっているものの、バットマン自体はよくわかっていなかった。アニメすらちゃんと見たことないし。基本生身で特殊能力はないということを今回はじめて把握した私。で、劇中でバットマンが放った心に響く一言。

「心は見えない。だから人の価値は行動できまる。」

そう!そうよ!

価値とか言い出すとややこしくなるが、心が見えないのは確かだ。心理学をやっていると、まるで人の心理を読めるみたいなイメージをもたれるのだけれど、そんなことできるわけがない。

で、ここからは勝手な個人的な意見だけれど、私が携わっている研究分野は、問題でもないようなことをを問題にして、自分の個人的な興味関心を満たすためのデータ収集が多いような気がする。えらそうなことを言っているのは承知だけれど、どこかの大学にてくてく赴いて、ささっと質問紙を配って、分析した結果をあたかも社会全般に当てはまる汎用性の高いものとして扱うのはどうかと思うのだ。

「役に立つ」ものばかり追い求めるのは時に危険だけれど、正直どうでもいいことを問題にして、社会と関わることもせず、大学生のデータだけ集めてどうするのだろうと思う。私たちの身分ではどうすることもできないというのもある。というのも、社会人のデータを集めたくても、何の肩書きもない学生ではなかなか企業側が承諾してくれない。コネでもないと無理だ。上述したような研究をしつつも、コツコツと実績を積んで、いつの日か偉い先生になった時に自分の本当に目指していた研究ができるのかもしれない。マネー的な問題もある。

そういう難しさはあるけれど、少なくとも、「ある特定の社会(もしくは状況)に個人がおかれたときに観察される(もしくは報告される)行動」を測定、検討し、誰に自分の研究結果を伝えて参考にしてもらいたいかが明確でなければならないと思う。そうでないと、ただの自己満足な研究でしかない。

自然科学に比べると、社会科学の理論が説明できる範囲、期間は制限されている。だからこそ、社会科学は社会と密接に関わっていかなければならない。今、社会で何が問題で、何が必要とされているのか。それをちゃんと把握するためには、引きこもっていてはダメなのだ。だから、私が「すごいなぁ」と尊敬する先生方の特徴は、どんどん表に出て行って、社会の流れを積極的に取り入れて、多くの趣味というか、多分野に興味をもち続けている人だ。

いつの日か、こういう信念の元で研究を続けたいと思う日が来るのかもしれないけれど、今のところは不明だ。「で、何がしたいん?」と思ったとたん、「なんやこの人のいうてる事ようわからんわ」と思考がストップして、それ以上深い議論を続けられなくなる。ここは私にとって非常にクリティカルな部分で、本来ならば、どんなことでもそこそこ議論し続けられる論理力と知識が必要なのである。

あと、次の研究展開を考えるより、次の日どんな美味しいものを食べるかに興味があるというのもアレである。

People will judge you by your actions, not your intentions.
自分への戒めもこめて。

2007年09月28日

大家族の石田さんち

番組表を見ると「ハワイに行く」的なことを書いていたので、ハワイの景色をみたいな~とテレビをつけた。

正直大家族石田さんちは苦手だ。というのも、もう言葉遣いが悪いのなんの。今日も息子たちが、

「うっせーババァ」

とか言っていた。驚愕なのは、5分おきに「死ね」とだけかかれたメールを送ってくる中学生の息子。私だったら心が折れます。かぁちゃんえらいな。といっても、やっぱり大家族は苦手。5年前の日記からまったくもって私の態度は変わっていないということに気づいた。

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09-25 2002
最近大家族スペシャルが多くて困る。
だいたいどの家族もどうして
狭い家でギューギューになって住んでるのだ。
髪を染めた子供(小学生)とかが多いのもなぜだろう。
お父さんお母さんの口調が汚いのも納得がいかない。

一回くらい大豪邸に住んでいる大家族とかを見てみたい。
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2007年08月01日

3Mの男子力

マレーシアでは、女子は小奇麗な人が多かったにもかかわらず、男子は適当な服装をしている人が多かった。なぜだろう、と後輩のべっぴん女子と話していたのだが、「あれですかね、女子は選ばれる側、男子は選ぶ側って感じですかね」という結論に至った。つまり、女子は選んでもらうために、ぱっとみでまずは判断されうる外見についてもちゃんとケアする。一方、男子は選ぶ側だから、自分の見た目は特に気にしなくても大丈夫。

いやいや待てよ。男子だって選ばれる側。巷では女子の品格とか女子力とか色々言われて久しいが、女子だって男子のあんなところやこんなところを見て選んでるんです。見た目もしかり、受け答えでも、男子力の差は顕著に現れる。それを如実に示す出来事があった。

コタキナバルの空港で、リンギットを使い切るためにランコムのリップグロスを購入した。早速ぺたぺたとぬって、近くにいた同僚男子たちに、個別に、以下の様な質問をしてみた。

「ねぇねぇ~、さっきこれ買ってん~(口を指差しながら)!どう思う~?」

【回答編】

M(同期):「あぁ、ええんちゃう?」

M君(後輩):「えっっ てかどう思うって言われても…」

Mさん(同期):「おお、すごい、うるおってるうるおってる!」

【順位】
Mさん>>>M>>>>>>>>M君

【ポイント】
私はリップ“グロス”を購入した。リップスティックも売っていたのだけれど、それよりもグロスを購入したのだ。リップスティックとリップグロスの差は、他でもない「うるおい度」、「艶度」である。そこをピンポイントで指摘し、褒めてくれたMさん満点。

Mの回答は、自動処理しているのが手に取るように分かる。つまり、「あぁ、ええんちゃう?」という反応は、別にリップグロスでなくても、例えば洋服とか靴とかマニキュアの色とか、どんなものにでも当てはまる。褒めてはくれているけれど、ちゃんと見てくれているのか確信が持てないという理由で70点。

M君の回答は、20点。なにもかもがなってない。正直おまけで20点である。部分点みたいなものだ。テストで言うと、問題1の(1)だけ正解的な。


そういうわけで、これからも男子力測定していきます、私。

2007年05月31日

そこはワンダーランド

木曜日はいつもと違うことをしに、いつもと違う街に1時間半ほどかけて行く。その1時間半+賃金の伴う労働(3時間)+雑用+岐路につく⇒帰宅までの間、基本的には一人行動だ。一人行動をしている間は、ささいなことに対しても何かしら思いを抱きやすい。そういうわけで今日抱いた思いを以下にて報告。

・満員電車にて
大阪でもこんなに満員電車状態になるんやーと驚くほど7時30分くらいの電車は混雑している。今日もいつもと変わらず、いやむしろいつもに増して寿司詰め状態だった。そんな中、押しに押されて私はショートカットのちょっと小さめの女子の後ろに。それから電車が次の駅にとまるまで約10分(快速急行)。何か揺れが生じて私がその女子に当たるたびに振り返って私をにらみつける。肩に私の腕やらなにやらがちょっと触れると肩をぱんぱんっ!と払う。えー!そんな。さすがにこんな女子は初めてだった。満員電車はそれこそ雪崩みたいなもので、私があなたに触れるということはすなわち私が誰かに触れられたからなのに。よくよく観察してみると、電車が揺れてお客さんがある方向に雪崩みたいに移動する時、
A)後ろの人をチラ見する人(様子うかがい)
B)明らかに不快な感情を直近の他者に表出する人
C)なーんも気にせずに、持っている新聞やら何やらに再び目を向ける人 がいる。

この違いは

①満員電車に乗りなれているかどうか
②周囲の状態を把握しているかどうか

といった点から生じていると思われる。両方当てはまる人はC、どちらか一方当てはまる人はA、両方当てはまらない人はBやな。そういうわけで、あの女子は両方当てはまらない人物に違いない!間違いない!

なんだかんだと書いたが、私は満員電車は苦手だ。

・乗り継ぎ時のダッシュ
初めてダッシュしている人を見たとき、「そんな急いでどこいかはるんやろ。ぶふふ!」なんて思っていた。でもいまや私が猛ダッシュしている。エスカレーターのすぐそばのドアから出られるようにひと駅前から待機。レース出走直前の馬のように、何度か足踏みさえする。下車後のエスカレーターの上り下りなんて階段のように走り切る(さすがに一段抜かしはしない)。PiTaPaが速いか私が私が速いかくらいで改札を通過。で、本日もギリギリで無事乗り換え成功。講師控え室で10分長くお茶を飲んだり本を読んだりするために、今日も私はダッシュします。

・ビール飲んでた
猛ダッシュして乗り込んだ車内は、先ほどの「やるかやられるか」的空気なんて皆無。最近の運動不足がたたっている私は、1人だけ呼吸が荒く、ちょっぴり恥ずかしい。で、座ってようやく落ち着いて観察開始。すると隣のお兄さんはまったりとビールを飲んでいた。本当に、本当に、まったりと。電車にはいろんな人が乗っている。そこでふと、1世帯あたりの平均年収563万円という最近のニュースを思い出した。あれはどうも不思議でならない。というのも完全に二極化している気がするのだ。縦軸に人数、横軸に平均年収をとったとき、正規分布ではなく、U字型、もしくは台形になるのではないだろうか。めちゃめちゃ稼いでいる人とお金がなくて大変な人。

都心に住む人で年収が300万円切っている割合が激増しているというニュースも最近あったように思う。もちろん私は、お金がなくて大変な人。

・窓口で対応してくれる人の数
銀行とはなぜアレほど待たなければならない場所なのか。もう少し効率のいい方法はないのだろうか。今日は窓口がフル稼働していたのだが、それでも10分15分待ちは当たり前。はぁ…10万円以上ATMから振り込めないがために…10分のために猛ダッシュする私にとって15分同じ場所で待たされるというのは苦痛以外の何者でもない(最近は自衛のために本を持ちあるくことにしてはいるが)。

そこで思い出したのがパスポートセンターである。あそこは、混雑状況に基づいて稼動中窓口の数が変わるようだ。コスト削減という点からも、良い考えだと思う。ただしこの前、30分以上待っているのに窓口がフル稼働ではない状態に遭遇した。あれはいかがなものか。待っている人がいたとしても、経験上10分程度でさばけるというのなら、それでもいい。でも、30分以上待っている人がいて、さらにどんどん待っている人が増えてきているというのに、使われていない窓口あり。予想外に人が多かった、とか、人手不足、とか理由はあるだろうけれど、「30分以上待っても当たり前やから、とりあえず待っといてね」的な、妙なルールができてしまっていないのだろうか。一日の48分の1の時間を使っているのに。諸事情があったとしても、窓口フル稼働で30分待たされるのと、未使用窓口があって30分待たされるのとでは心理的にも全然違う。というわけで、窓口、開けてよー!


そんな私ですが、自宅では時間を贅沢に使います。お昼寝、テレビ鑑賞、雑誌鑑賞等、一日の48分の5くらいはそれに当てております。10分のためにダッシュしている件、窓口が開いてなくてムキーッとなる件と、完全に矛盾しています。

2007年01月18日

いや,だからこっちを返品で。

いきなりで自分でもビックリするが,先ほど本屋にて変な人を見た。普段はぼ~っとしている私。しかしながら変な人検知アンテナは比較的発達していて,変な人を見つける&観察するのが結構好きだ。そのアンテナが久しぶりに強く反応した。

本屋のレジにて,おじさんと店員の若い女性があれこれ言い合っているのが聞こえてきた。

「あ,ではこれを返品して新しいのを取り寄せということで…」

「うん,そうそう,これは持って帰るけどね」

「は?いやこれは返品なんですよね?」

「いやいやだからこっちを返品。これを新しいものに交換して」


いったい何をもめているのだろうと,もう少し接近してみる。

近づいてみてビックリ。ななななんと,おじさんは本についている「帯」が破れているのでそれを返品して,本そのものは持って帰るから後で取り寄せた「帯」をくれ。と主張しているのだ。お,オビを返品!?

(うっわー。絶対結婚とかしたくないわ~こんな人とー…)

帯は捨てる派の私は心の中でつぶやいた。女子店員さんはボスを呼んで対応してもらっていたが,ボスも「うーん,できるかもしれませんができないかもしれません」と,全く情報量のない対応をしていた。私の「行けたら行くわ」に似ている。

帰り道でそのおじさんのことをしばらく考えていたのだが,あることに気が付いた。そもそも帯をそれだけ大事にするのであれば,購入時に帯が破れていないか確認するはずである。確認を怠ったのならばそれはおじさんの責任。そしてもし購入したときに帯がちゃんとしていたのならば,破れたのは購入後である。つまりおじさんの責任。結局おじさんの責任なのだ。

ちなみにおじさんは,問題となっている本をクレジットカードで購入,白髪まじりではあるが散髪はちゃんとしていてセーターにスラックスの小奇麗な格好,でも足元はスリッパ,口調は穏やか。足元はちょっとアレだったが,見た感じ普通の人だったので意外。というのも,ごねたり文句をガンガンいう人はぱっと見た感じでなんとなく分かる。顔も口調もいでたちもキツめなのだ。

顛末まで観察しておきたかったのだが,用事もないのにレジ付近で耳を澄ましているのは明らかにおかしいので無理だった。無念也嗚呼無念也。

2006年10月25日

都会の小学生

毎週火曜日は京都に行く用事があるのだが,その帰りはちょうど小学生や中学生,高校生の下校時間と重なる。小学生を見てビックリするのは,いとも簡単に乗り換えをしていることだ。阪急京都沿線なのだが,普通,急行,快速急行,特急,快速特急とか,何種類も停車駅の異なる電車たちがやってくる。今週見た二人連れの小学生女児(推定1年生)は,補助椅子を出して,さらにティッシュか何かの袋にマジックペンで「MARIKOのおまもり」とか書きつつ,高槻に着くと同時にぱぱっとお片づけをして補助椅子をしまって下車していた。驚愕レベルである。

私が小学生のときは両親が共働きだったので,電車(注:路面)で4駅ほど離れた祖母の家に帰っていた。たった4駅で,しかも全部普通(注:というかワンマン)なのでトリッキーなことは一切なし。それなのに,パパンと一緒に何回も練習した。それが都会の子供たちときたらどうだ。トリッキーこの上ない電車の乗換えをひょいひょいとやってのけるのだ。しかも乗車中にお守りを作ってちょっと楽しんでさえいる。加えて,小学生のくせに自分の名前をローマ字で書けるとは。私なんてガラガラでも椅子なんかには座らず一番前に立ち続け,景色とアナウンスの両方をヒントに必死で下車していた(路面電車のアナウンスは,たまに間違ったりする。この点においてはトリッキーである)。

都会の小学生が田舎の小学生と比べていいとか悪いとかいう話ではなく,ここまで環境が違うと興味深い。

そういえば2週間ほど前は,キオスクの真下に丸まってしゃがんでいる制服の男子(推定中学校1年生)がいた。おなかでも痛いのか!?と思い,若干心配気味にじろじろ見てしまった。すると,電車が来たと同時に立ち上がり,キオスク内のおばちゃんの様子を伺いながらマンガを戻して駆け足で乗車したではないか。こらーっ!!と怒りたかったが,あまりの早業にただただ呆然とするのみであった。田舎ものの私には,それが電車の駅といえども刺激が強すぎる。

2006年06月13日

what's up today?

私はある程度親しい人にあったとき,よく「何か面白いことあった?」と聞く。これはアメリカ言葉でいう"What's up today?"に相当する意味として用いているのだが,大概みなさま「うーん,特に無いかなぁ」,「またそれハードル高い質問するな」とおっしゃられる。英語でも,What's up?に対応する常套返し文句は"nothing"とか"not much"である。つまり私側からしても,別に本当に面白い話を待ち望んでいるわけではなく,挨拶程度に投げかけるのだ。

先日生協にいきがてら,太陽の子に「何か面白いことあった?」と何気に聞いてみた。すると,「おもしろいこと~?いっぱいあったで!」と返ってきた。えぇ!?いっぱいあった!?なんだそれ!K君:「お願いがあるんやけど」,太陽の子:「おう,何でもかなえたんで」と同じくらい衝撃を受けた。そして聞いてみると,確かに面白いことばっかりだった(e.g., 生協近くで労使交渉的な訴えをしている人びとの集団に混じって「戦争反対」という小さなプラカードを首からかけているおっさんがいた,など)。

さらにそのあと,生協に入ってパンを買おうとしていると,太陽の子が「おお!こしあんぱんがあるやん!」と声をあげていた。すると棚卸をしていたおばちゃんが,「こしあんはおばちゃんが嫌いやから仕入れがほとんどないねん。おいても売れ残るし!」と反応していた。太陽の子は「仕入れてくださいよー。あったら僕絶対買いますし~」と返答。おばちゃんは「じゃぁ仕入れたら電話するわ!」とたたみかけていた。ぶへ!なんだそれ。

で,極めつけは,生協食堂のメニューには無い「アイスコーヒー」をおばちゃんにねだって150円で作ってもらっていた点。え~そんなんあった?と尋ねると,ふっつーに「おばちゃんが作ってくれたー」と言っていた。摩訶不思議の世界である。しかしながら,ほんの数十分の間に2つも面白いことを生み出していた点はすごいと思う。なかなか真似できない。

そんな私も昨日今日と面白いことが2つあった。1つはカラスと正面衝突しかけたことで,もう1つは自転車のブレーキがきかないせいでカーブを曲がれず,家に帰れなかったことだ。私の思惑とは全く違う方向に自転車が軽快にすすんでいく様がおかしすぎて,ひとり「ぶひゃひゃひゃひゃひゃー!」と笑いそうになったが,頭のおかしな子やと思われそうだったのでなんとかこらえた。そしてそのままひらめいて自転車やさんに向かい,ブレーキを直してもらった。

我ながら面白いには面白いが,その面白さが全くもって「対人間」ではない点に悲しさを覚えたりもする。

2006年05月31日

首都東京

学会発表のため行ってきた。以下感じたこと,思ったことメモ。

・初日にsakurasakuさまと行った汁べゑという居酒屋がすごく良かった。え?ここ渋谷?的な場所に入り口があるのだが,そこで若干出来上がってるおじさんたちと出くわした。「ここイイよ!初めて?」と聞かれて,「はーい」と答えると,お店の人に「この子らちゃんと面倒見てあげてね!」みたいなことを言っていた。すかさずsakurasakuさまが「あ,じゃぁこの人たちのつけで」と発言すると,おっさんたちは「むはははー!それは無理!」みたいに言って去っていった。この無責任なやつらめ!

・新宿の伊勢丹が楽しすぎた。1Fには70万円するキラキラしたペンギンのポーチが売られていた。「美香さんが持ってるよね,こういうの」と友人と言い合いながら,じろじろ観察。さらに2Fのマークbyマークジェイコブス(大阪にもあるけど),フラボア,see by chloeなどを見て周り,満足した。人は多いけど、楽しい場所だ。マークの店員さんに「関西の方ですか?私も以前阪急のマークで働いていたんです!」と告白される。私もそろそろ似非関西弁がリアル関西弁に近づいてきたか?むふふ!と思ったのだがよくよく考えてみるとそこで話していたのは土佐弁だった。

・妹と新宿駅西口で待ち合わせたのだが,何時になるのかがいまいち分からず,結果妹を少し待たせることになった。私だったら絶対どっかのお店に入ってまったり待つのだが,妹はそういうところで融通がきかない。「もう!まだ!?プンスカ!」というメールが何回か来た。そういえばうちの妹は,私と違って非常にきっちりしている。妹宅に泊まった時にそれを実感した。牛乳のパックを捨てるにあたって,なななんとパックをハサミで切って展開して丁寧に洗い,さらに重ねて輪ゴムで留めて待機させていた。私は牛乳を飲まないのでよく分からないが,頑張ってもパックをつぶして重ねる程度のことしかしないと思われる。「あんためちゃ細かいやん!」というと「そうよ。私細かいよ。一応公務員目指してるし」と返事が来た。はっはーん。でも妹はきっちりしていない大雑把な私のことが好きなようだ。りの字になって一緒に寝た。

・見える友人からオーラが変わった!と言われた。これまでは青とか紫のオーラだったのが,黄色とかオレンジになっているらしい。「もう変な人は寄ってこんと思うで~。なにか新しいこととか始めるなら今かも」とお墨付きをもらった。やったー。

・羽田空港限定のロールケーキ(黒ひとまき)が美味しかった。やれ期間限定だの場所限定だのに弱いので困ってしまうのだが,別にやめるつもりはない。電話で教えてもらってテクテク探しにいったのだけど,やっぱり名称を再生できず(黒いロールケーキで羽田空港限定,という情報しか頭に残らなかった)。ごまたまごのところにいって「なんやったっけ…うーむ」と考えていたら,おねえさんが近づいてきてくれた。「あの~,羽田空港限定のやつってありますか?」と聞くと,「えーっと…ここにはないですけど,黒ひとまきっていうのでしたら別のところに売ってます。」と返ってきた。「それってどんなお菓子でしたっけ?」とさらに尋ねると,「え~っと,黒い生地のロールケーキです」とのこと。私の持っている情報と完全に合致。やったー。

・クラスJで今ならマイル30%上乗せ!キャンペーンをしていた。マイル数を計算すると,片道90マイル余分にもらえることが判明。1000円追加で90マイル?それ絶対お得じゃないの!ということでクラスJ初体験。広かった。足のびのび。席もゆったり。ただ,私はこれまでANAユーザーだったため,私の持つ飛行機スキーマが適用できないところがあった(Jだったのが理由だったかも)。例えば,手荷物は前の座席の下にお入れください的なルールがなさそうだったのとか。まぁ,どうにかなる範囲ではある。ジェットは乗り心地がすごく良い。おかげで行き帰りともに爆睡(離陸前から着陸まで)してしまった。ちょっと前に死を予感させられたボンバルディアとは雲泥の差。

2006年05月06日

女子の品格

昨日の夜はたいころ会@梅田だった。参加メンバーは,たいころちゃんとkohくんと私。ちょっと早めに梅田に集合し,次どう動くかを地下のカフェで決めていた時,衝撃事件は起こった。ちなみに衝撃事件を記す前に,私の立場を前提しておく。私は鳥瞰図の鳥目線である。これから登場する人物,事象とは全くの独立次元に存在している。

話は単純で,単純だからこそ衝撃だった。隣に座っていた女子2人組がぶはははは!と笑っているのに気づき顔を上げると,別のテーブルの片づけをしていた女子店員さんの後ろ姿が目に入ってきた。というよりも,お尻の割れ目が目に入ってきた。桃も真っ青なほど,見事に割れていた。彼女はヒップハンガー仕様のパンツをはいていたのだけど,ヒップがちゃんとハングされるような体型ではなかったらしく,パンツがズルッと下がっていた。そのせいでお尻が丸見え。衝撃を共有しようとkohくんに目配せで伝える。「後ろ見て後ろ,スゴイから」。私はどちらかというと言語コミュニケーションを重視する人間だが,状況が状況の時,非言語コミュニケーションはかなり有用である。

目配せによりお尻の割れ目を目撃したkohくん。隣の女子2人組みは,kohくんの動向にも注目しているようだった。ほんっとうに丸見えで,男子的にどうなん!?という素朴な興味があったのだろう。私も興味があった。で,kohくんがどうなってたかというと,完全な曖昧表情。日本人は欧米人などに比べて曖昧表情を多く見せるという研究があるが,おそらくアメリカ人が見ても曖昧表情になっていたはずだ。それほどまでに,女子店員さんの割れ目主効果が出ていた。

その後も何度か割れ目を見せながら,お片付けやら接客やらをなさっていたのだが,そうこうしているうちに隣の女子2人組みが出て行った。ハイ,当該の彼女がお片付けに参上。それも私たちが座っている方向にお尻を向けて。kohくんの真横。顔を横向けると,10センチ先くらいに割れ目。曖昧表情は,Duchenne smile(デュシャンスマイル)に変わっていた。というか,彼は基本的にDuchenne smilerなわけだが。「オレ誘われてんのかなぁ~?」と言っていた。

私的になにが微妙だったかって,そのお尻の割れ目が触りたくなるようなプリプリお尻じゃなかった点と,隣の2人組み女子が笑いすぎていた点,そんな2人に笑われすぎの女子店員さんが気の毒だった点だ。女子にもインフォーマル地位というのがある。多くは外見的魅力やその人がもつ独特の雰囲気で決定されるわけだが,ゲハゲハ笑いまくりの女子2人,全体的にかわいくなかった。美人ならざるもの,笑うべからず,である。

ここで,私が序盤に設定した「前提」がものをいうのだった。そう私は鳥瞰図の鳥。

お尻丸見え女子店員さんは凍頂烏龍茶にお湯を足してくれたり,スプーンを2つ持って来てくれたり,基本的には気の利く人だった。お尻さえ見えてなければ。あの光景は,しばらく頭から離れそうにない。

2005年12月11日

めだかちゃんのお住まい

【めだかちゃんの新しい住みか】

さすがにガラスポットにめだかちゃんを閉じ込めておくのに気が引けてしまい、近所のお店でガラス鉢を購入した。本来は花瓶として使うのが適切な感じで売られていたが、そんなこと気にしない。帰ってきて即座にめだかちゃんたちを水ごと移し変えた。でもそこで止まってた。隠れるところも何もない環境である。昔よゐこの浜口がガラス張りの部屋で生活させられていたが、それとほとんど同じ状態だ。落ち着く環境とは決していえないだろう。

絶対にガラス鉢に入らないのが分かっているのに欲しくて購入した流木を虫キングに2等分してもらい、さらに土までもらって、いよいよ私のめだかちゃんたちの住まいをデコレートする材料が揃った。バケツにめだかちゃんを移動させ、鉢に土を敷く。そして流木をセットし、カルキを抜いた水を流しいれる。

水の濁りがなくなった頃を見計らって、めだかちゃんたちとめだかちゃんたちが今まですんでいた水少量を鉢に流し込んだ。昨日移し変えたのだけど、今のところ元気に泳いでいる。

ところで、いつになったらなついてくれるのだろう。私が近づくと流木の影に隠れてしまう。えさを振り入れてしばらく見ていたら徐々に上のほうに来てパクパク食べているが、私が少しでも動くとすぐに逃げ惑う。悲しい。

2005年11月11日

冬がいいか夏がいいか、DOTCH?

断然「冬」と答える。その理由は「寒いのはいくらでも防げるけど、暑いのは裸にならないと解消されないから」である。しかしながら、「寒い」と感じるのはほんの少しでも大嫌いだ。そんな私は、寒さとどのように共存するかという点でポリシーがあることに気付いた。

まず、私は夏から秋、冬にかけて衣服であたたかさを高めていく段階を7ほど持っている。

レベル1:キャミソールに7部丈の綿カーディガン
レベル2:長袖Tシャツ
レベル3:長袖Tシャツ+フル丈綿カーディガン
レベル4:長袖Tシャツ+ジャケット(薄手)
レベル5:長袖Tシャツ+ジャケット(厚手)
レベル6:長袖Tシャツ+ニット+ジャケット(厚手)
レベル7:ババシャツ+長袖Tシャツ+ニット+ジャケット(厚手)

寒さとともにレベルを高め、2月の時点でレベル7に到達させるわけだが、このごろとうとう防御レベルを5に上げてしまった。少し早すぎるのではないかと心配している。私は後、2手しか持っていない。年をとると我慢がきかなくなってしょうがない。

2005年09月19日

BPN きょうの出来事

【ただいまカット中@WeeD】

久しぶりに友人と会うために心斎橋へ。地下鉄が異様に混雑していた。B'zのライブが大阪ドームであったらしい。人ごみが苦手な私は早速偏頭痛に陥り、到着した美容室WeeDで薬を飲んでおいた。今日は友人との待ち合わせ場所にしてしまった。なのに親切にお茶を出してくれた。みんな優しくて大好きな場所だ(なのにあまり行けてないのは秘密)。ついでにといってはなんだけど、リンスを買っていこうかなぁと思い立ち、リンスを片手にすると重い。「だめだこりゃ」で購入を断念した。シャンプーを購入した友人は、ソイツに最後まで苦しめられていた。元気があるときに再度挑戦しようと考えている。

WeeDを後にして、一人では絶対に行けない堀江周辺に連れて行ってもらった。心斎橋は地下鉄の4番から出て直進、スタバを右折⇒WeeD到着、しか出来ない。そんな私がまず連れて行ってもらったのは家具屋さんのFusion。ここでブタのトイレカバーとマットのセットに一目ぼれ(写真参照)。購入。ママンが遊びにきた時に怒られるかもしれない。「あんたこんな年になってまだそんなもん集めてんの!」と言っているママンが目に浮かぶ。

【本日の購入商品】
その後友人が好きなBAPYに。友人は黒のニットカーディガンをご購入。私は研究室から生協まで、ちょっとした買い物やご飯に行く際に使える財布と携帯が入るくらいの小さな手提げカバンを買った(写真参照)。今まで不便に感じでいたので、ちょっとうれしい。

その後梅田へ。駅でおなかの出た変なおじさんがエレベーターに乗っている私と友人の間に無理矢理割り込んできた。それだけなら「変な人ー」で終わるのだけど、改札をでて歩いていたら、絶対にぶつかるはずないのにぶつかってきた。「気持ちワル~」とその人を見ると、さっき改札をでたところなのにまた切符を買っていた。スリ?ひとまず何も盗まれていなかった。

ご飯を食べながらあれこれ話をした後帰路へ。ここですごいものを見た。父・母・5歳女児・ベビーカーに乗った3歳女児・父に抱かれた1歳半男児(全て推定)の5人家族。

電車に乗った後、眠たそうな5歳女児を席に座らせ、ベビーカー(3歳女児睡眠中)をドア近くに放置、5歳女児の横に母が座った。父と1才半男児はその次のドアのところにいる。父は酔ってるのか疲れているのか、ウトウト気味。

ストッパーがあったとしても、放置はいくらなんでもありえない。そもそもストッパーは若干の縦揺れには耐えられるかもしれないが、横揺れには無防備だ。ベビーカーはドア向けて放置されていたので、急ブレーキがかかるとストッパーの意味は皆無である。よっぽど母に「別にスペース的に迷惑ではないのであなたの前にベビーカー移動させてください」と言おうと思ったのだけど、弱虫の私はできなかった。反省。でもいきなり動き始めたらいつでも止めに行こうと、ひやひやしながらそのベビーカーを凝視していた。母の隣に座っていたおばちゃん二人連れもベビーカーを凝視していた。

そんな折、突然「ゴンッ!」と言う音とともに子供の泣き声が聞こえてきた。見ると1歳半男児が床に転がっているではないか。…落とした。子供を父が落とした。打ち所が悪かったら死んでいる。泣きじゃくる1歳半男児を母が抱きに行き、ついで父がベビーカーの方に移動してきた。ここでようやくベビーカーが安全に。

ホッとしたのもつかの間、停車駅で、母は泣きじゃくる1歳半男児をあやしながら、父は3歳女児が乗ったベビーカーをつきながら電車を降りた。ウトウトしている5歳女児を置いて。

ひやっひやしながら見ていると、5歳女児は運良くハッと目を覚まして走って下車した。

こんなすごいものを見たのは始めてだ。酔っ払ってるのか疲れているのか常識がないのか子供に愛情がないのか知らないが、産んだのならもう少し責任をもってほしい。

問題の家族が下車後、おばちゃん二人連れが「子供落としたよなぁ…ベビーカーもあんなほって…」と言い合っていた。そこにかさかさ移動して、「そうやんなぁ!ほんまあんなんありえへんわぁ」と、会話に参加したかったけれど、弱虫の私はまたも実行に移せなかったのだった。反省。

2005年09月13日

私が感じたTOKYO

先週末から約2年ぶりに首都TOKYOへ行ってきた。4日ほどの滞在で、しかも全くもって東京の全てを体験したわけではないのだけど、観察したことや体験したことから2年前の東京との比較などを以下にメモ。かなり主観的だけど、私はこう感じたから仕方ないのだ。

・外国人が増えた。大阪は旅行で来ている外国人を除くと単体で行動している場合が多いような気がするが、東京は軽装でいかにも「長期滞在者です」的な、集団行動の外国人が多かった。そしてそういう人はちょっと微妙な場合が多かった。判断材料は外見と、聞こえてきたら話し方、そして行動。

・埼京線の冷房は、阪急の冷房よりも温度が高く設定されているような気がした。そのせいか、電車内が臭かった。そして快速との連結が埼京線は非常に悪い。阪急の素晴らしさに気づいた。

・その一方でSuicaの便利さに感動する。はじめはびびってカードを直接ぴたっと押し当てていたのだけど、そのうち調子にのって財布をそのまま押し当てると「ぴ!」と通過できた。初乗り運賃を取られるので、例えば残り10円とかだと改札を通れないのが急いでいる時に若干邪魔くさいがなかなか良いシステムだ。

・顎のない人が多かった。怒られるかもしれないが、多かった。

・人が多い。本当に多い。だから顎のない人も多かったのかもしれない。特に渋谷ではこれでもかと言うほど人があふれていた。たまにならいいけど、やはり東京は住む場所ではない。

・妹と私の日常生活における温度帯が3度ほど違っていた。まずはシャワーのお湯の温度。妹は38度に設定しているのだけど、私はそれでは寒い。38度はうちの犬を洗う時の温度だ(ちなみに彼は水で洗うと助けてくれ~と泣き叫ぶ)。なのでお湯は夏場41度、冬になると43度くらいが私にとっての最適なシャワー温度。うちの妹の住んでいた場所は水周りが非常に充実していて、お風呂も24時間換気システム、追い炊き機能つきだった。お湯も前述の通り水とお湯の調合系ではなく、お湯蛇口をひねると設定された温度のお湯が出る感じ。うらやましい。

クーラーに関しても、私は寒くて鼻水がでそうなのに、妹は「あついあつい!」と言っていた。この3度の差が人類の今後にどのように影響するのだろうか。

2005年08月11日

ダメダメ犬とダメダメ家族

【うちのおバカ犬】

私が小学校6年生の時にやってきた、うちの愛犬。従姉妹がブリーダーをやっている時期があって、その時に生後1ヶ月の、一番カワイイこの子を誘拐してきた。幾度となく脱走しながらも、まだなんとか健在である(一度保健所まで連れて行かれていて、あと1日遅かったら処分されていたという経緯あり。その後数日はさすがに元気がなかった)。あまりに脱走するので、リードを2つつけて1つはずされてももう1つ、という対策をとっている(写真参照)。彼はいったん自分がリードから放たれ自由の身になったことに気づくと、とたんに庭を走り回る。そして、「捕まえられるなら捕まえてみなさいよ」と言わんばかりに、「正面から対峙⇒捕まえようとする私のわきを高速ですり抜ける」という行為を延々と繰り返す。「もう知らない!プンスカ!」とほっておくと、とたんにおとなしくなって庭でだらーんところがっている。でも、「そろそろ」と近寄ると、まだ元気がある場合に限っては新たな対決を挑んでくる。

大きな犬なので一見番犬向け?などと思うと大間違いで、例えば隣の人が用事で家にやってきたとき、その人が帰る時になってようやくほえ始める。さらに、「わんわんわん!」と珍しく威嚇声でほえているので見に行ってみると、コオロギにほえていたこともある。もうほんとにどうしようもないダメ犬なのだ。

「犬は飼い主に似る」はよく聞く話で、うちの犬がダメダメと言うことは、すなわちうちの家族がダメダメであると言うことをあらわしている。

例えば私。散歩が大好きなうちの犬は、散歩用リードに付け替えられるといてもたってもいられなくなって、玄関の門めがけてすごい勢いで私を引っ張っていく。そんなうちの犬に向かって、「もう~!やめてよ!何回言ったら分かるわけ!?」とマジ切れしている私はダメダメだ。

さらにうちの母親。ある朝仕事に向かう途中に、リードがないハスキー犬がうろうろと道端で徘徊しているのを見かけました。

「また脱走してる!」

ママンはぎょっとして車から降り、「あんた何してんの!こっちきなさい!」(私と同じ症状)と声をかけて乗車を促し、帰宅の途へ。ぷんぷん怒りながら首をつかみ家に戻ると、うちの犬が小屋から頭だけ出してその様子をじっと見ていました。そうです、ママンは全く別犬を誘拐してきたのです。

ママンいわく、「うちの犬はよく脱走する。今、目の前に脱走中のハスキー犬がいる。ゆえにこの犬はうちの犬である」という論理的には全く破綻している思考を経て、確信をもって連れ帰ってきたららしい。もう本当にダメダメ家族である。

このように、ダメダメっぷりを露呈しつつも、家族と犬のコミュニケーションによってあたらしい「何か」が生まれている点は非常におもしろい。雷や大雨の後はおなかを壊してしまうほど臆病な我が家の愛犬だけど、いるといないとではいろんな面で大違いである。

2005年07月30日

手荷物への固着

私は周囲と比較すると、自分の手荷物を常に自分とともに行動させようとする人間らしい。本日はじめて訪問する場所で会場設営などの作業を手伝っていたのだが、部屋間を移動する際や挨拶に行く時、周囲が自分たちの手荷物をそのまま部屋に置いているのに対して、私は常に持ち歩いているという事実に気づいた。ロッカーがあるのならそこにおかせてもらうが、どうも知らない場所で、誰でも入ってこられる状況下で荷物を自分の傍から離れたところに置きっぱなしにするのは不安で仕方ない。

以前新幹線をホームで待っているとき、近くに立っていたサラリーマンがジュラルミンケース風の自分の手荷物をホームに置き去りにしたままどこかへ行ってしまった。別にホームに列ができていたでもなく、人もまばら状態なので、荷物で陣地取りしているわけでもない。「げげげ爆弾?」と一瞬あわてふためき、そのサラリーマンがいったいどこにいるのか、あたりをキョロキョロ探しまわった。探しに探した結果、彼は駅のキヨスクでビールとかっぱえびせんを買っていた。そのとたん脱力。「心配させやがって!きー!」と勝手に腹を立て、その手荷物をキックしてホームに落としたくなる衝動に駆られた。実行に移してしまうと私は通報されるか、手荷物の所有者であるサラリーマンにこっぴどく怒られてしまうだろう。しかしながら自分の荷物を放置する以上、その荷物がどうなっても何も文句は言えない、ということだけはなんとなく分かって欲しかった。

元来、日本は安全であったし、今も他国と比べると安全な国のひとつと考えられることが多い。国民性及び民族性に関しても、江戸時代の頃から、ユダヤ人が自分の家族にさえ財産に関する情報を分散させて伝える一方で、日本人は外から丸見えの縁側でぐっすりのんびりお昼寝を満喫していた。とイザヤ・ベンダサンもとい山本七平氏が言っていた。私は日本人なので当然ぐっすりのんびりタイプだ。ぼ~っとしているし、スキも多い(らしい)。だけど、どうも「Take your own risk」という考えかたについては敏感である。荷物がなくなってしまった後に文句を言ってもおそらく荷物は帰ってこない。それならば、せめてなくなった時にある程度自分を納得させられるよう、注意を払っておきたい。


まとめると、どうやら私は他者に対する一般的信頼感が低い+怖がりなようだ。最近では、前方から向かってくるおじさんが片手にしていた柄のついた細長い物体が出刃包丁に見えて、「ひ~!私の命もここまでか…」とビクビクしながらすれ違った。今考えると「柄」がついていたのかも謎である。おびえすぎ。

こんなにも手荷物を傍においておきたかったり無駄に怖がったりするわりにぼ~っとしているので、まっさきに荷物をなくしたり盗まれたり殺されたりするのは私なのかもしれない。

2005年07月01日

足の裏に画びょうが刺さった!

画びょう【足の裏にがびょう】

ほんの20分ほど前、ちょっとした作業をしている最中に足の裏に画びょうが刺さった。天井から固定されていた蚊帳のようなものを撤去するために、固定に使用していた画びょうを取り除いていたのだ。すると、たまたま天井から落ちた画びょうの上に、たまたま私が足を置いて、「ちくっ」「…?…!!!」「ぎえ~!」である。

力いっぱい刺さっていたわけではないので、「えい!」と自分で引き抜き、私の中では「痛かったなぁ~も~!」で終了していた。その後ふと自分が立っていた場所を見ると、なななななんと血液がこんもりと付いているではないか。急いで足の裏をみると、予想外に出血していた。「あー血が出てる~」とつぶやくと、周りの人が心配してたくさん絆創膏をくれた。絆創膏は1つで十分だったのだけど優しい人達だ。

と、こういう感じで一連の出血事件が終わったのだが、その後「あんなに血が出てたのに、全然騒がないね」と不思議がられた。そういえば以前にも同じようなことを言われた経験がある。私は怪我したときとか痛いときにあまり騒がない。騒ぐと周囲がパニックになってしまうんじゃないかと思うのと、騒いで痛みが和らぐなら力いっぱいそうするが、そうでもないから静かにしているのだ。

ふと考えると、中学生のときに右手首を骨折したときもそうだった。はじめは折れていることに気付かず普通にしていて、「あーいたかった」と右手を見ると、ありえない方向に手が向いていた。隣にいた友人に「ねぇねぇ、この手おかしくない?ほら」と見せたら、友人が逆に大慌てして「ほほほほ、保健室行った方がいいって!」。保健室に行くと、「あかん貧血起こしてる!ここに寝て!」と先生も大慌て。タクシーで病院に向かい、ちょっとした手術(曲がった骨をまっすぐにする。ワキから麻酔。)をして1日入院した。

自分で絆創膏を貼っているとき、「たまたま天井から落ちた画びょうの上に、たまたま足をおく確率を算出するにはどうすればいいのだろうか?」と思いつき、しばらく考えてみたものの、良く分からずじまいだった。個々の事象が独立しているので、これらが組み合わさる確率は極端に低いような気がする。どうなのだろう。それにしても今日は運が悪かった。来月から、年運、月運ともに大殺界に突入するので、気を引き締めて行動をしないと、数子の六星占術的にはやばいっぽい。

騒ぎはしないけれど、痛くないわけじゃない上に、私は極端な怖がり&痛がりなので、さびた鉄が体内に入り込み、健康に悪影響を及ぼさないか正直ビビッっている。

マリアとヴィーナスの戦い

ウィンブルドン女子準決勝。第1試合はディフェンディングチャンピオンのマリア・シャラポワと、ケガのせいででランキングは下がっているけど激つよいヴィーナス・ウィリアムズ。聖母と女神の戦いである。最近はずっとウィンブルドンを見ているのだが、今日はちょっと忘れていて4-5でシャラポワが負けているところから見はじめた。

完全にヴィーナスの方が押しているではないか。何だかんだいってヴィーナスは強い。シャラポワも当然強いに決まっているが、彼女のボールを打つ体勢がすでに押され気味な感じ。腰の位置を低くして、体重をかけて正確なショットを打つヴィーナスに対して、シャラポワは「こんな打ち方でよくそんなショットうてるよね…」という感じ。あれは腕の力だけで打っているのではないだろうか。素人がこれをやると、絶対先生に「こら!ちゃんと身体全体で打ちなさい!」と叱られる。

いよいよシャラポワが負けそうになったときの「カモン、マリア!」の声の多いこと多いこと。「Not Yet!」とか必死で叫んでいる男性の声、声、声。「カモン、ヴィーナス!」はほんの少し。観客は完全にシャラポワ派だ。

しかしながら、勝利をおさめたヴィーナスの満面の笑みと、観客にも振りまいた飛び切りの笑顔の結果、会場のマリア派は一瞬にしてヴィーナス派へ。若干の戦略臭を感じつつ、笑顔ドアップの映像を見たマリア派の私も、「あら?ヴィーナスもしかしてカワイイ?勝ってよかったねよかったね、決勝も頑張ってね頑張ってね」と思い始める。

外見的魅力の重要性と、その魅力を持ち合わせない人にとって「愛想のよさ」がどれだけ大切か、ひしひしと感じた。ウィンブルドン女子準決勝第1試合から私が学んだことは以上である。

ちなみに現在モレスモとダベンポートの試合が始まっているが、私は5、6年前にはじめてモレスモを見た際、「げげげ、男子が女子のに出てる!」と真剣に思った。今日見ても男子に見える。むしろ男前の男子に見える。ロードオブザリングのこの人に見える。

2005年06月05日

初ミュージカル@四季劇場

【ハービスエント大阪四季劇場周辺。】

今日は劇団四季のマンマ・ミーヤ!鑑賞の日。ミュージカルなんて初めてなのでドキドキする。「ジーンズ+スニーカー禁止」が発令されていたので、それだけは必死に遵守した。四季会員の人にとってもらったS席ということで、よりいっそう緊張する私。実はこの日、見たい映画のひとつであるHitchの公開初日だったのでそっちも狙っていたのだが、さすがに疲れるでしょ、との結論に至り今日はミュージカルを精一杯堪能することにした。

行動予定は、13時集合→昼食→買い物→マンマ・ミーヤ!

2005年05月18日

都会の郊外のファストフード店

今日は買い物のついでにモスバーガーで昼食を取った。お天気もよく気温もそこそこ。うららかな春の陽気に恵まれたモスバーガー千里中央店は、改装後ということもあり、ちょっとしたオシャレで開放的な空気が漂っていた。

以前は半信半疑だったのだが、どうやら「ホットチキンバーガー」は本当にメニューから消え去っているようだ。ショックを隠せないまま「チキンバーガー」のセットを注文。なんでホットチキンバーガーなくなったんだろう。モスと言えば私の中ではホットチキンバーガーなのに。

本を読むのにちょうどいい程度の、太陽の光がいいとこ取りできるような場所に席を確保。あたりをキョロキョロ。見つけたぞ今日の観察ターゲット。推定65歳のおばあさん。1人。本を取り出しカモフラージュしながら早速観察開始。やめられないとまらない人間観察。

2005年05月02日

人を判断する際の私の迷信

私は人の行動を観察して完全なる主観でそれをカテゴリー化するのが好きだ。人をいくつかの類型に当てはめそれで全てを説明しようとするのは、血液型占いとか、数子の6星占術とかと一緒で胡散臭い気もするが、主観であると自覚している点、一応行動を観察してカテゴリーを作っている点、説明率は非常に低いだろいうということを自覚している点から、勝手に大目に見ておくことにする。科学的根拠は一切ないのでこれは迷信みたいなものだ。ということで、キーワードは「マクドナルドのハンバーガーのつつみ」と「妹か姉がいる男子」。