2006年06月05日

自転車通学について
さて,いかんせん目的地まで最短12分+燃料ゼロということもあり,私は自転車でその目的地に向かうことが多い。春は桜を見ながら気持ちよく移動していたのだが,最近暑すぎる。まだ6月のはじめだというのに,この暑さはおかしい。今日は絶対最高気温30度を越えていたはずだ。ということで調べて見ると…ホラやっぱり30度。もう少し過ごしやすくはならないものだろうか。8月に私はどのような暮らしをしているのだろう。
自転車に乗っていると,いろいろな人に会う。リアルにマラソン中のサッカー選手風男子から,ぺちゃぺちゃ話しながらウォーキングするおばちゃん,向かう先があるのかどうかも分からない,携行品一切なしのおじさん。本当にいろんな人がいるのだが,特に気になるのは,すれ違いざまにめちゃめちゃにやにやしている人。歌を歌っている人にも何回か遭遇したが,それはまぁ「ヘッドフォンで聞いてるうちにアガっちゃって,自分のコントロールできない部分でもう声になっちゃってたんだね」,とか結論付けられる。
笑っている人はひとことで言うと「きもっ」である。「汝何故に笑う。理由を説明せよ。」と言いたくなる。電車内での通話にいらっと来るのと同じように,ただ単に笑っている人を見てしまうと,文脈が把握できず,置いてかれてる感が生じてしまうのだ。でも,それを期間限定で不問にしようと思う。笑いたい時は笑えばいいじゃない。きっとええことあったんやろな~と,しばらくの間は許すことにしよう。
自転車は車に比べて周りの動きをゆっくり観察できる,という利点はある。でも8月になるとこの利点は激しい暑さによってかき消されてしまうだろう。悲しいことだ。
2006年02月28日

おされバトンがまわってきた
友だちの少ない私に、ネット上でだいぶ前から流行っていると推察される「バトン」がまわってきた。友だちって、いいものね。ということで早速回答をしてみよう。
01■最近のお気に入りコーディネートをどうぞ
最近研究室に行くときはパタゴニアのセールで買ったジャケットにジーンズ、そして学生時代盗難にあって悲しみに打ちひしがれたものの、去年復刻されたとたん取り戻したナイキエアフットスケープ。楽で楽で仕方がない。
02■好きなブランドを3つ厳選して下さい。
①marc by marc jacobs:サイズが合うから(特に丈。パンツもヒール靴を履くという前提があればお直し不要のため、すぐもって帰ることができる。)もちろん、デザインも大好き。
②ANNA SUI:服は似合わないけど、靴が好き。靴擦れが起きにくい。
③ユニクロ:考えてみると、毎日のようにユニクロ製品に包まれて引きこもり生活を満喫している。安い楽チン品数豊富。
03■よく読むファッション雑誌は何ですか?
最近ジプシー状態。SPURかな?でもあまり購入はしない。最近はFYTTEとかHanako Westとか、健康情報系に興味がある。
04■買い物はどこの町に行くことが多いですか?
梅田。心斎橋は迷うので誰かに連れて行ってもらえるならついていきます。そして、ママンと一緒に帯屋町。
05■買い物は一人で行く派?それとも友達と行く派?
一人。心行くまでじっくりみたいから。後は友人Mくんと一緒に行って「じゃ,私レディースみてくるわ~」と別行動後、意思決定時に再び合流、という場合もある。「え~変。」、「歳いくつよ?」、「足短いのがバレるで。」、「で、おいくら万円?」等、私が必要とするアドバイスを的確なタイミングでくれる。
06■今まで買った中で、一番高価なお洋服(または小物)。
30%引きで5万くらいのコート。それ以上のものは貧乏なので買ったことありません。高価なものはセールまで待つ。ゴールデンルール。
07■最近買ったお気に入りアイテムを紹介して下さい。
上述したパタゴニアのジャケット。軽くてあったかくて、最高。
08■好きな色の組み合わせは?
年取ったせいか、ピンクに目が行く。後は紫も好き。組み合わせというと、それにデニムを合わせることが多いのでピンク×青×紫?ちゃんとしないといけない時は青をやめて白にしたり黒にしたり。
09■お洒落に目覚めたのは何歳のとき?
お洒落かどうかは分からないけど、自分ひとりで服買いに行き始めた、すなわち服装に関して自我が目覚めたのは大学入ってから。それ以前にももちろん好き嫌いはあっただろうが、常に誰かと一緒に買いに行っていた。
10■振り返りたくない過去の自分の服装を告白して下さい!
高校時代、チェックのシャツにセーターを着て、なんとシャツの襟をセーターから出していた。しかもそのセーターの色がサーモンピンクみたいな色。今でも鮮明に当時の服装が頭に浮かぶ。
11■お金がないとき、食事代と服代どちらを削りますか?
食事代。じゃなくて服代。人間の3大欲求には勝てません。
12■好きな異性のファッションは?
上質カジュアル系。Bshopの店員さんみたいな。あと靴は見てしまう。電車内で座っている時、足元だけジロジロ見ていって「あ!この靴カワイイ」と思う人がいると顔を上げて観察、という一人遊びをしています。
13■今狙ってる服は?
今年はワンピースを着てみたい。しかもウエストがちょっと上のほうで、フレアのやつ。そのためにはまず痩せる必要がある。
14■服選びのポイントは?
まずは似合うものを。後は、買うとき自分のもっている服を頭の中に思い浮かべて着回しが聞くか検討する。これらは全て過去の過ちに基づいている。
15■お疲れ様でした。5人のおしゃれさんに、このバトンを回して下さい。
頑張ったのですが、ムリでした。
2006年02月21日

カリフォルニアに行ってきた-その5,6
最後の二日,書こう書こうと思いながらもう10日ほどたってしまった.これでは先に進めないので,メモしてあった部分だけを脚色せずにそのままUP.私の記述の力の入りように見て取れるが,要するに今回のカリフォルニアの旅のメインは前半だったということだ.後半は戦いだったのだ.
●1月27日
学会当日.
色々学ぶこと多し.
その後移動.グレハンの適当さに呆れる.犬が一席占領していた.
色々怖い思いをしながらなんとかLAXまで帰ってくることに成功.
そのままHoliday INNで爆睡.
●1月28日
ホテルからシャトルバスで空港へ
アメリカを昼過ぎに出発する便に搭乗
機内では映画3本,睡眠最低4時間,食事2時間,おしゃべりちょっと,で到着.
12時間全く寝ていない同僚に「口をあけて寝続けていた」といわれた.やっぱり.私は寝ているとき口が開いたままになる.分かっちゃいるけど寝ているからどうしようもない.「もうほんと寝顔がブサイクでさ~」というと「寝顔だけやと思うなよ」的なことを言われた.乙女に向かって酷いもののいいようである.きっと寝られなくて悔しかったんだろうと思い,許してあげることにした.
日本に帰ってくると,やはり寒い.カリフォルニアはええところや.
まとめると,色々買い忘れたものが多い.Ex・laxとか….
いやでも楽しかった.
2006年01月26日

カリフォルニアに行ってきた-その4
移動日.ロサンゼルスから学会会場のあるPalm Springsまで.諸事情により急遽Greyhoundというバスを利用することになった.Greyhoundといえばごつい概観にごつい乗客というステレオタイプが私の中で形成されており,そしてそのステレオタイプは非常に強固なものである.某地球の歩き方にも,「治安が悪い場所にあるので注意が必要だ」と書いてある.ロスで治安が悪いと注意されるようなところは,日本人の感覚では想像できないほど,リアルに治安が悪いはずだ.ビビリの私は乗る前からひいていた.バス停に行く前から,ホテルを出発する頃から既にひいていた.9時にタクシーを呼んでもらうようにフロントの人に頼んでおいたのだが,珍しく9時前にはタクシーが到着.ロサンゼルスではBeverly Terrace Hotelに3泊した.ここは本当にフロント人が親切で良かった.もし次の機会があったら是非泊まりたいものだ.ワイヤレスインターネット方式だったので,次回はBluetooth搭載PCを持参しなければならい.
最後まで色々親切にしてもらいつつも,私はバスの恐怖で頭が一杯.flat rateで$40と交渉したタクシーに乗り,いざダウンタウンへ.できればここは避けて通りたかった.でも仕方がない.これに乗らないと学会会場にいけない.ということでダウンタウンのバスターミナルに到着.チケットの発券でならんでいると,早速後ろに並んでいた人がおかしかった.F-word連発.「電話してるんか?」と思うほど脈絡のない言葉たちが途切れることなく発せられていた.後ろを振り返って確認しても良かったのだけど,ビビリの私は完全無視を決め込む.するとしばらくして「Excuse me ladies,」と言って私の横をすり抜けて消えていった.ほっ.
荷物がなくなるかもしれないなどと恐れたビビリの私は,荷物を預けるのを躊躇.とりあえず「あずけないとダメ?」と聞くと「膝より下くらいのやつなら預けんでもええけど?」と言われた.当然のことながら我々一行はスーツケースと共に行動している.すなわち全くもって膝より下に収まりようがない大きさだ.しぶしぶ預けようとしたのだが,greyhoundスキーマを持ち合わせていないためどのように預けるのかイマイチ分からない.まごまごしていたらカウンターの人がぶっきらぼうに「あっち! あっちで預けて!」と指示してきた.おお怖い.サービス業とかじゃない.私は完全に貝になろうとしていた.しかし頼りになる人はいない.私がやらないとどうしようもない.なのでもう一分張りしてなんとか荷物を預ける.
案の定出発の時間になってもバスは来ない.周囲の同僚達は心配で仕方がない様子.でもここはアメリカだ.10分,20分の遅れなんてどうってことない.予測どおり15分遅れくらいでバス到着.乗車.空いていたので連続する2席を一人で占領することができた.Palm Springがバスの最終目的地だと思っていた我々は,バスに掲げられている目的地にいささか驚いた.「Mexico」.
バスはすごかった.途中何箇所か中継地点に止まるのだけど,ほんの1,2分しか止まらない.到着した時は運転手さんが「○○!(止まった場所)」と大声で言うだけ.阪急高速バスなんて中野団地北口に止まる時でさえ女の人の声でアナウンスが入るのに.さらに,バスは絶対時間通りに運行していない.10分前後の誤差が常につきまとっている.チケットに書かれた時間ギリギリにバス停に到着してもバスは既に出発,という事態が十二分に考えられる,そんな感じだった.
<ひやひやしながらうとうとしつつ,3時間くらいで目的地に到着.預けた荷物も無事手元へ.まずは一安心.バス停からホテルは歩ける距離.ただし私は地図が読めない.いや,読もうと思うと読めると思うのだが,時間がかかるので読まない.したがって私は仕事を放棄し,同僚に頼って移動を開始した.歩き若干迷うこと十数分,無事ホテルに到着した.Best Westernだったのだけど,ここが素晴らしかった(写真参照).賞賛に値するのは3つあった枕のうちの1つ.盗んでいこうかと思うほど気持ちがよかった.私は枕が大好きで,自分のベッドには種類の違う枕を4つ置いている.そのどれとも違う,適度な弾力とふわふわ具合のやつだった.室内も広く,ゆったり快適.中庭にはプール,そして水着姿の女性が優雅に寝転んでいた.
町全体がリゾート地なだけあり,治安も良好.そして一気に白人率が上がっている.さっきまでの殺伐とした空気は消え去り,穏やかな気持ちで昼食を取ることができた.昼食はぱっと目に付いたお店に入ったのだけど,注文したベジタリアンサンドイッチが美味だった.パプリカ,キノコ,ズッキーニなどが炒められた具がパニーニの中にたっぷり.
ホテルにいったん戻りまったりした後は学会会場へ.学会のレセプションパーティーみたいなやつに参加,そしてダウンタウンに移動して食事.テーブルについてくれたお店のお姉さんはハワイで日本語のクラスを取ったことがあるといって「いち,に,さん,…にゃははー」と言っていた.ハワイにいて次はPalm Springsか…,なんとなくお姉さんの好みが分かる.
たらふく食べてホテルに戻って,明日の学会発表に備えて即座に就寝.疲れて寝たというのが真の理由であることは言うまでもない.
2006年01月25日

カリフォルニアに行ってきた-その3
買い物日.前日ハリウッドハイランドでCOACH製品を買ったとき,頼まれていた品物もあったと言うこともあり「これはこのカードで,こっちはこのカードで,そしてこれは現金で」的な支払いをしていたら同僚男子から驚かれた.「な,何やってんの?」くらいの勢いである.「えーだって引き落とし口座がちがうんやもーん」と答えておいたが,同行した男子2名はもっぱら「今日もニコニコ現金払い」だった.カードは怖いらしい.私は現金を持ち歩く方が怖い.
前日に上記のような買い物をしてはいたが,本来設定していた買い物日は本日.色々色々考え悩んだ結果,ビバリーヒルズ周辺のBeverly Centerと,The Grove,Whole Foods Marketに行くことにした.ホテルからなんとか徒歩圏内だったため,最近の食生活のすさまじさや懐具合を考えててくてく歩いてまわった.
Beverly CenterではL'OCCITANEを発見し,イモーテルシリーズのクリームを購入.日本でのお値段の7割くらい.半額を期待していた私は若干悲しみに打ちひしがれた.お店の人が優しくて,お土産を探していたらお得なセットをもってきてくれたり包み紙をくれたり,最後にありたっけの種類のサンプルをくれたりした.
フードコートでお昼を食べて,The Groveに移動.まずはじめに見えてきたのはBanana Republicだった.お店の名前を見た後輩が「バナナ共和国…?」とつぶやいた.「まぁそうやけど,とりあえず訳さないほうがいいよね」と言っておいた.ここでも色々購入したわけだが,特筆すべきは「久しぶりに典型的な説得技法により説得を受けてしまったこと」.
ウロウロしているとお店の人に声をかけられ,Nail Kitを勧められた.私の親指の爪を使って早速実演開始.きゅっきゅきゅっきゅ磨いてきれいになった爪を見せられ,「ほら,これがあんたのほんまの爪や.キレイやろ?」とささやかれ,さらに「何か塗ってるかもって怪しむかもしれないあなたのために!これアルコールね,アルコール(といって容器をプッシュしコットンにしみ込ませたものを私に匂わせてきた).アルコールってなんでも取り除くけど,これをさっきキレイにした爪に塗ってみるで?…ほら!変わらんやろ?どうよ?」と畳み掛けられた.
そして極め付けが「これ本当は1個39ドルなんやけど,特別に2つで39ドルにしたる」と.きた.That's not all technique,すなわちもともと2個で39ドルのものを,「はじめは1個で」,と言っておいてあたかもおまけ風をかもし出し,相手にお得感を与えることで購入へつなげさせる技法である.「えー3個で39ドルは?」とか,「キットの中に入っているBody lotionはいらんから別々に売って」とか言ってみたものの,向こう側は2個で39ドルが限界的に装っていた.「自分だけじゃなくて友だちにも1個あげられるし,これは2年もつ.ネイルサロンに行くこと考えてみ?絶対お得やから!」と言われ,とうとう私は折れた.説得技法があまりにも明らかなため,いささか心理的に不快感を覚えつつも,実演結果に感動したのも事実である.
同僚との集合場所に戻ってThe GroveとFarmers' marketを結ぶトロリー(写真参照)に乗りながら「ほらみてこれ!(親指を見せながら)すごくない?かくかくしかじか」と話すと「騙されてる」と言われた.一番言われたくないことを言われてしまった.「ふん!違うし!」とかなんとかいいつつも,その可能性が高いことは私も承知である.私は意思決定をした時点で全てを受け入れたのだ.
次にWhole Foods Marketへ.楽しすぎた.でも制限時間が40分くらいでじっくり見ることが出来ず.心残りである.化粧品関係が気になったのだけど,なんせ時間がなくて何を買うか決められなかった.それにしても,サプリメントまでWhole Foods Marketブランドがあったりする.人工的にナチュラル感を出している,人間の自己満足の世界がそこに広がっているだけのことは分かっているのだけど,Nail Kitと同様,私は全てを受け入れるのだ.
というわけで買い物日は終了.満足度60%.なぜあそこで,私はCOACHのかばんを買わなかったのか,なぜあそこで,私はあの化粧水を買わなかったのか,なぜあそこで,私は…と今でも悔やむポイントは多い.
帰国後購入した例のNail Kitに記載されていたURLを入力,恐る恐る私の意思決定の評価をするためにサイトを調べてみた.Seacret SpaのNail Kit$29.95.勝利.1個39ドルの下りだけだと騙されてる感があるが,結果としては得をしている.「騙されている」と言い放った同僚に「ホラやっぱり違うし!」と早速伝えなければならない.
2006年01月24日

カリフォルニアに行ってきた-その2
ホテルの人に勧められたツアーでUniversal Studioへ.8時35分にバンがホテルまで迎えに来てくれて,それからハリウッドのオフィスで支払い,その後行き先に応じたバンに乗り換えて目的地へ向かった.10時開園で9時50分ごろには到着.18時に迎えに来るからということでバンは去っていった.往復の送り迎えとデイパスを含めて一人79ドル.家族連れや引退後と思われる夫婦なんかが多かった.よくよく考えると1月末は学校もあるし週末でもなかったので,観光客中心だったのだろう.
Universal Studioの人の入り具合は最高だった.すべてのアトラクションが5分待ち程度.ショーも自分の入りたい時に必ず入れる感じで,こんなんなら私もどんどんテーマパーク行くのに~なんて思った.ジュラシックパークとかシュレックとか,テーマパーク好きの同僚が日本にもあると教えてくれたアトラクションも当然楽しかったのだけど,一番興奮したのはStudio Tourでウィステリア通りのセットを見たとき.ガイドのお兄さんがデスパレートな妻たちのテーマ曲を流したとき,私の興奮は絶頂に達した.周囲のぽかーんぶりはさておいて,である.
おかしくて死にかけたのはVan Helsingのお化け屋敷.お化け屋敷に入るのは初めてだったのだけど,もちろん同僚男子に先頭を頼み,私はその彼のバックを後ろからつかんで操作していた.途中で左右鏡張りのエリアがあり,「あぁ写ってるわ~」と思いながら鏡の先の同僚男子を見ていたら,その顔が途端にすごい形相になり,「うわー!」と悲鳴をあげた.同僚はまんまと鏡の中の自分に驚いてしまっていた.「一番の敵は自分ということやな」などとかっこいい事を言っていたが,普通に鏡の中の自分に驚いただけである.しばらくおなかを抱えて笑ってしまった.さらに,周りの壁がぐるぐる回って,錯覚でうまく前へ進めなくなるというエリアもあったのだが,同僚男子は斜めになりながら手すりを押さえて「わわわわー」と言っていた.その時,「大丈夫でーす,○○さーん.基本的に周りの壁が回っているだけですから~!」と冷静なアドバイスが後方から聞こえてきた.別の同僚男子だ.なんかおかしくて,これでも私は笑いを抑えることができなかった.
昼食にはpanda expressのセットと念願のPizza hutのブレッドスティックを食べた(写真参照).ジャンク系を懐かしく感じる私の生活レベルはまだまだ下である.その後残りのアトラクションを周り,17時ごろに満足感とともに退場.隣接するUniversal City Walkで,Universal Studioとはまったく関係ないsam goodyでDVD(Meet the Fockres)買ったりアバクロでセール対象品を買ったりして遊び終了.
帰りはホテルではなくチャイニーズシアターで降ろしてもらうように頼んでハリウッドスターの手型足型などを鑑賞.いろんな人がいた.膝型を残している人もいた.そして隣接するハリウッドハイランドで夕食を食べて,ホテルに戻る.LAでNYステーキを食べるという粋なことをしてしまった.粋すぎてちょっと恥ずかしい.
2006年01月23日

カリフォルニアに行ってきた-その1
17時30分発のJAL便でロサンゼルス.目的は学会.そう,学会に決まっている.空港についたら早速楽しみにしていた桜ラウンジに入れてもらう.ラウンジはすごかった.周りには仕事のできそうな人たちがたくさん.その中で私が注目していたのは上下デニムでシャツインの男性と奥さん(小奇麗だった),そして授乳中の赤子.ついジロジロ見てしまったのだった.私もマイル長者になりたいものだ.
JALは油圧系統の不具合のため,1時間ほど遅れて搭乗が始まったのだが,ごめんなさいの印にパンとジュースが配布された.1時間でこれである.信じられない.1時間くらいだとノースウエスト並びにユナイテッド,アラスカンあたりは別に普通.「さぁさぁ,出発しますよ~」くらいの勢いである.そして機内エンターテイメントシステムにも感動しっぱなしだった.早速Mr. & Mrs. Smithと,In her shoesを鑑賞.「ブラッドピットとアンジーはこれで恋に落ちてしまったのか….なんてハリウッド的なのだろう」,が感想.マダガスカルも見たかったのだけど帰りにとっておくことにした.とはいっても2つ映画を見て,ご飯(ノースウェスト等より有意に美味)食べて蜂が花を食べるゲームをしていたら眠くなり,少なくとも3時間ほどは爆睡.おきたら朝食.税関の申請書とか書いていたらあっという間だった.帰りは2時間ほど長くかかるらしいが,こんな感じだったらいけそうだ.ちなみに,マギーしんじと飛行機が一緒だった.彼は大きなマスクをつけていた.本当に花粉症ならいいけどもやな…と思ったのは言うまでもない.
<到着後は地球の歩き方に倣ってshared ride vansのSuper Suttleを利用してホテルまで移動.チェックインは15時で,ホテルに着いたのは14時ごろにもかかわらず普通に部屋に入ることができた.アメリカの香りが早速漂ってくる.このホテルには3泊するのだが,同行している同僚男子2名の最後の一泊用の予約はダブルルームが押さえられていなかった.しかしながらフロントの人にその旨を説明すると3日連続同じ部屋,つまりダブルルームに泊まれることになった.よかった.さすがに男子二人でベッドひとつは大変である.
部屋に荷物を置いた後はUCLAに.勧められていたタコスをStudent Unionで食べて,その後はUCLAグッズを見に行く."I Love Being A UCLA Girl"とプリントされたTシャツを買おうかと迷ったが,嘘はつけん,と思い断念.普通のUniversity of California Los Angeles Tシャツを購入した.それにしてもUCLAはUCLAのロゴが入ったスウェットやTシャツを着ている学生が多い.私がいた大学とは大違いだ.ただし,なぜこのような違いがあるのかという点においては推論が容易である.
Psychology Departmentが入っている建物に入って,先生リストを見て「あ!この人~!」などとひとしきり感動した後大学を出る.道すがらドラッグストアなどに寄って色々物色.そして夕食はThe Gardensというところでいただいた.一人2500円くらいのところで,結構おいしかった.お金を出せばアメリカでもおいしいものが食べられるのだね,と実感.
ホテルに戻ったのは21時前くらい.その後,近くにあるスーパーがどこか聞いて,懐かしのスーパー臭を嗅いで,ちょっとしたお土産を買って本日は解散.あまり寝ていなったため即座に眠りについたのだった.
※過去に遡ってUP中…
2005年09月22日

右上下8番抜歯小手術:旅立ち編
最後の審判の日が来た。右下7番が歯根膜炎をおこし、それがどうにもならないようだと手術。でも、私は確信をもっていた。歯根膜炎の疑いはもうほとんどゼロに近い。なぜなら痛みはほとんどないし、患部がちょっとつっぱるような感じがある以外は、普通に食事もとれているからだ。
受付後10分ほどで名前を呼ばれ、歯科といったら的な例の可動式椅子に座り、問診を受ける。今日はいつもと違う先生で、ちょっと若めだった。「どうですか?歯の痛みは」と質問されたので、「あ、もうほとんどありません。歯茎を切ったところが空洞になっていて、そこに食べ物がつまるのがちょっとイヤですが…でも痛いとか苦しいとかではなく、しんどいだけです」というと、先生はしばらく考え込んで「あ、そそそうですか」とおっしゃった。
「じゃぁちょっと傷のところと7番の歯みますね~」ということで、可動式椅子が稼働した。打診されたのだけど、「釘打ってるんちゃうんやから!」くらいカンカンたたかれて、7番が痛かった。苦痛に顔をゆがめると、「痛いですか?はぁ…(しょんぼり)」といわれた。誰でも痛いでこら!と言いたかったけれど、小心者の私はいえなかった。
その後かみあわせをチェックするため、「カチカチ噛んでみてくださいネーはいカチカチ~」とまるで子供を相手にするかのような口調でカチカチを促された。まぁいいかと思い、「かちかちー」とやると、なんと「はいカチカチ~はい次ゴシゴシ~」と言われた。日本人女性の平均寿命の4分の一以上は生きたと思うのだが、このような表現は初めてだった。「ゴシゴシ?歯でゴシゴシ??」スルーしても良かったのだけど、直前の子供相手口調も気になっていたので「え…ゴシゴシ?ゴシゴシってどうやってやるんですか?」と尋ねた。すると先生はマスクを取り、ピカピカの歯で「こうですこうです!ゴシゴシ(実際にやってくれたが、歯はゴシゴシいっていなかった)」。ゴシゴシは、上の歯を右に動かした時、下の歯を左に動かし、その逆、その逆、…と繰り返すことだったようだ。ゴシゴシは有名な表現なのだろうか。
痛みますか?の質問に、「全く痛くありません!」と答えると、その若い先生はいつもの担当の先生に指示をあおぎに行った。しばらくしていつもの担当の先生が来てちょっと診察し、「まだ7番にちょっと痛みがあるみたいですけど、だんだん落ち着いてくると思います。何か食べたりするのに支障もないようですし、今回で治療の方は終わりということにさせていただきたいと思います。もしまた痛みが酷くなるようでしたら、すぐに連絡下さい。」と大人のコメントをくれた。「はーいわかりましたー。どうもありがとうございましたー」で右上下8番抜歯小手術+術後検診終了。抜いてよかった!と今は心から思える。抜いてなかったら未だに「歯が痛いー歯が痛いー」と一人苦しんでいただろう。わたしを苦しめる可能性のある親知らずはすべてやっつけた(先生が)。適度な充実感とともに歯科を後にしたのだった。ここで爽やかな秋風でも吹いてくれりゃ感動ものだが、あいにく昼間の風はまだまだ生ぬるい。
2005年09月07日

右上下8番抜歯小手術:抜糸編
抜糸については痛かったとか痛くなかったとか言う記憶がない。だからきっと痛くなかったのだろうと考えて歯科へ。実は2,3日前から右半分の下の歯全体が痛かった。8番を抜いたのに、歯と歯の間がキツキツで仕方ないような感覚。頓服も使い切っていたので、もう薬には頼れず、苦しみながら週末を過ごした。だからやっと病院だ!という気分でもあった。
名前を呼ばれ、早速抜糸。全く痛くなかった。やはり抜歯は痛くない。先生に「歯が痛い歯が痛い」と訴えると、抜いた歯の1つ手前の7番が、もしかすると歯根膜炎を起こしているかもしれない、と言われ、奥の歯から順番にコツコツと叩かれた。するとやはり7番をコツコツされると痛い。8番が7番にかぶさっていたため、それを抜くことで隣接していた7番に影響を及ぼした可能性が高いらしい。最悪は死んだ神経を取り除く手術をしなければいけないということだ。…気分がめいってしまう。ただし、そんなに急いで処置する必要もないし、まだ術後1週間なのでまずは様子を見ましょうと言ってロキソニン(頓服)をくれた。助かった。今の私はロキソニンがないと生きる気力を失ってしまう。5回分(1回2錠)もらったので、今回は大事に使わなければ。通常薬を処方されても症状が軽減されるやいなや薬を飲むのを忘れてしまう私だけど、今回は話が違う。きっちり薬を飲んでうがいして、一週間後の受診までに歯根膜炎とか言う妙な炎症が治まっていることを祈るしかない。
2005年08月31日

右上下8番抜歯小手術:消毒編
人相が変わっているのではないかとビクビクしながら、起きた直後に鏡を見ると、予想に反して全く腫れがないではないか。なぜだろう?よく分からない。でもとにかく助かった。先生の助言どおり、頓服を飲み続けたため痛みもほとんどない。しかしながら口の中は血の味がするし、唇には血が固まってついていた。まだたまに出血しているようだ。
小手術後の患部の様子見と消毒ということで、本日も歯科へ。診察室前には老若男女がたくさん待機していたため、「あ~こりゃ待つかな…」と思っていたのだが、意外とすぐに名前を呼ばれる。そうだだって私は10時に予約しているんだもの。いきなり訪問した昨日も結構スムーズにいけたのだから、今日もスムーズであってもいいはずだ。
可動式の歯科椅子に座り、消毒開始。注射のようなものに消毒液を入れて、患部周辺にさしている感じがした。つまり痛かった。ビクッとしたら「あ、痛いですヨネ痛いですヨネ、もうちょっと我慢してくださいね~」となだめられた。だから頑張った。こういう治療を受けると、いつもはサラサラっぽい唾液がねばねばになるような気がしてならない。気になる。だから質問してみた。すると,さらさらの唾液を出す腺とねばねばの唾液を出す腺はそもそも違っていて、薬や治療方法によってはそのバランスが崩れるらしい。そのため口内の唾液成分の割合がおかしくなり、ねばねば感が増すととのこと。私はまた1つ賢くなった。
調子に乗った私は、さらに「昨日の夜頭が痛かったんですけど、歯を抜いたことと関係ありますか?」と尋ねた。すると、「歯を抜いたこととは直接関係はないとは思いますが、緊張したり、ストレスを極度に感じているとそれが頭痛につながるかもしれません。今も痛いですか?」と丁寧な返答をいただいた。そういえばもうすっかり頭痛は治っている。のみの心臓を持っていることがばれた私はちょっとばつが悪かったのだが、「あ~寝たら治りました、あはは」といってごまかした。
先生は親切な人で、「他に質問はありませんか?」と聞いてくれた。調子に乗った私はさらに質問をした。「あの~以前左の親知らずを抜いた時にはぱんっぱんに腫れたんですけど、今回はほとんど腫れなかったんです。つまり、“私は腫れる人”というわけではないということですよね?どういう要因で腫れる腫れないが決まるのでしょう?」。これに対する返事は、「いや、ホント原因は様々です。同じ先生が同じようにやっても腫れる場合と腫れない場合がありますし、患者さんの体調や、顎の骨を削った量なんかにも関係があるんですよ」。なるほど。私はまた賢くなってしまった。
そんなやりとりで今回の消毒は終了。チェックイン(診察券提出)からアウト(支払い終了)まで30分足らずだった。昨日の小手術(私の中では大手術)に要した時間とは雲泥の差だ。
前回親知らずを抜いた時は、3日後にママンと食べた湯豆腐ですら「せっかくおいしいものが食べられるのに歯が痛く苦しむ」と記述があった。しかしながら今回は2日目にしてほぼ通常営業に。調子にのって食べたイカ墨スパゲティのイカ墨が、患部を縫い合わせている糸にしみ込んで、抜糸の時に「何したらこんな糸が黒くなるんですか?」と聞かれやしないかと、のみの心臓が気にしている。
2005年08月30日

右上下8番抜歯小手術1
瞬間の痛みより持続する痛みが大嫌いな私は、同僚の助言を受けて本日歯科へ行ってきた。痛みの原因であろう右下8番埋伏歯抜歯小手術の予約を取ることと、鎮痛剤をもらうことが主要な目的だ。予約もなしに行ったので、正直見てもらえるか不安だった。しかしながら意外とすんなりと初診までいけた。
撮影したレントゲン写真を見ると、どうやら悪さをしていたのは右下の8番のみではなく、右上の、すでにちゃんとはえていた8番だったようだ。噛んだときに右上の8番にぶつかる下の歯がないせいで、右上8番が下がってきていたらしい。そしてその下がってきた8番と、ちょっと見えている右下の8番で右のホッペを削っていた→痛み発生、というメカニズムだ。先生が「こ~れは上も下もいっといた方がいいかもねぇ~」とおっしゃった。私は覚悟を決めた。「いってください」。
しばらくして小手術の準備ができたらしく、名前を呼ばれた。私はなんとかして心を落ち着けようと頑張ったのだけど、当然無理。事前に「この前抜いたときは、はじめの一撃の際にまだ麻酔が効いてなかったので痛かったんです。だから今回は麻酔多めでお願いします。」などと一通り要求をしたにもかかわらず、気が動転している私は、さらに「そういえばこの前は抜糸した後に糸が残っていた!ぎゃーぎゃー!」とクレームを付けまくった。今回の先生とは全く関係ないし、この件については抜歯する時ではなく抜糸する時に文句を言うのが適切だ。そんなことわかっちゃいる。でもとまらない。
先生は優しかった。「前に抜いたとき、他にはどんなことがありましたか?」と聞いてくれたので、「口をあけようということにモチベートされないのに口をあけ続けるのがつらかったです。なんで私は今ここで、痛いのに口をあけていないといけないんだろう、と思いました!」と、わけの分からない訴えもした。すると先生は「あけてもらわないといけないときにはあけてもらわないと困りますが、あいだに休憩を入れるために口を閉じていいときをお知らせします!」と言ってくれた。何とか頑張れそうだ。
口の周りだけがくりぬかれた紙みたいなものを顔にのせられ、いよいよ手術開始。麻酔。これが痛い。心臓がバクバクなり、「あぁ、ショック死ってこういうのがもうちょっと酷くなったときに起こるのかなぁ」などという思いにふけっていたのもつかの間、「じゃーいきまーす」と言われて歯茎切開(多分)。私の右下8番は完全に水平なので、歯茎を切開し、骨を削り、それから対象の歯をばきばき折りつつ抜歯すると言う流れなのだ。痛みはないのだけど、削るときの振動が脳に伝わり、苦しい。その上なかなか抜けなかったらしく、先生が独り言で「ここまで出てるのになんでだ?」といっていた。…私は当然何も言うことができない。
しばらく格闘した後、無事右下8番の抜歯終了。間髪いれずに今度は右上8番抜歯のための麻酔。痛い、痛い、痛すぎる。また心臓がバクバクなった。(麻酔が効くのを待つあいだに、右下の術後部位を縫合。顔がつりあがるくらい引っ張られた)。右上のほうは簡単に抜けたっぽい。水平かそうじゃないかでかなりの違いがある。
顔半分完全にしびれた状態で研究室に戻る。研究室に遊びに来たkohくん(天真爛漫太陽の子)に「抜いた歯みる?」と言うと、ニコニコしながら「見る見る、見せて!」とのお返事。あぁ、見たあとの状態が簡単に想像できてしまう。彼のためを思うと見せないほうが良いに決まっている。でも意地悪な私は見せた。すると想像通り、ばきばきに折れた血まみれの右下8番と、ちょっと虫歯っぽくなっている右上8番の様子を見てすっごいブルーになっていた。でもきっと数時間後(もしくは数分後)には回復するだろう。それまで頑張れ、と思い、一通りやりたかったことを終えた。それにしても、今日は小手術の予約と鎮痛剤をもらう予定だったのに、いきなり、それも2本の親知らずを抜歯するという急展開な体験をした。予定は未定とはよくいったもんだ。
間髪いれずに飲んだ痛み止めのおかげで今はあまり痛みはない。ただし、一番大変なのは明日の起床後だ。右のほっぺたが絶対にぱんっぱんに腫れ上がる。人相が変わるほどに。本来ならば引きこもっていたいのだけど、朝にまた歯科に行かなければならない。術後の様子を見るそうだ。今からそのことを考えると気が滅入ってしまう。でも1ヵ月後の私は幸せなはず。おいしいものを食べるのが大好きな私にとって、口の中が痛いなんて絶対あってはならないことなのだ。そう自分に言い聞かせてこれから予想されるつらい日々を乗り越えよう。親知らずは抜いた方が良いというのが通説なのだし…。
2005年08月13日

科学技術コミュニケーション5

【修了証をもらった!】
「科学技術コミュニケーションプロジェクト」最終日。今日は午前中に前日の「評価者役」でチェックした良いところと悪いところを各自が発表していく作業を行ない、午後は全体の振り返りと言うまとめの日だった。評価者役から私の所属する研究科チームがいただいたお言葉は、「解決策を呈示している点が良かった」、「パワーポイントに工夫が見られてよかった」、「逆にパワーポイントで説明不足の箇所があった」など。今後の参考になる指摘ばかりだった。全体として、もう少し押しを強くしておけばよかった。最後の最後は、ものごとをまる~くおさめたいと考えるのは、うちの研究科の特徴かもしれない。
全体の振り返りの時には、面白い話がたくさん聞けた。ワインバーグという物理学研究者が、「Trans Science」という考え方に関する論文を文系の雑誌に投稿したらしい。これまで「科学」は全ての思想から切り離された場所に「中立的で客観的な事実」として存在し、そしてそこで得られた知見が政治場面での意思決定に利用されると考えられてきた。しかしながら、最近ではその「科学」と「政治」が切り離されず、複雑に交わった状態になってしまっていると言うのだ。科学者は「科学は客観的な事実であり、政治とは切り離される」と願ってやまないのだが、現実はそうではない。科学者がその現実を知ることはもちろん必要だけど、科学がもはや中立的で客観的事実に基づいたものだけではないということを知らずに、「科学的根拠に基づいた」などというおまじないのようなフレーズに一番騙される可能性が高いのは一般市民である。
科学は科学の枠組みにおいて説明できるものしか研究対象としないし、まだまだ科学で解明できない現象はたくさんある(細木数子の6星占術とかおばけとか)。さらに、何かの現象が科学で解明できたとしても、その解釈は政治的立場によって様々な形に変容しうる。このような「科学の危うさ」を分かっておかないと、のちのち大変なことになりそうだ。うーん気をつけよう。
もう1つ興味深かったことは「研究からの距離と分からなさの程度の関係」。研究者は、自分の研究していることに対して「何が分かっていないか」ということをある程度分かっている。ゆえにUncertainty=分からなさの程度も高い。そこから少し距離が遠くなると、分からなさの程度が非常に低くなる。そこにいる人たちが「行政」や「新聞記者」らしい。彼らはたくさんある情報(分かっていることや分かってないことなど)を短くまとめる必要がある。そこで情報の一部が欠落し、結果として「分かっていないこと」が省かれてしまう場合が多い。これには納得した。
最後、総評として一番頭に残ったのは、「10年後20年後、答えづらい質問をされてもそれをうまくかわせる技術を身につけていると思います。でも、皆さんが今回の演習で見せた、分からない質問をされた時の「マズッ」と言う表情ができることも、非常に大切なのです」という言葉。確かに、前回「市民役」からされた質問に対して、私は「うげげ、そんなこと聞かれても…すみませんでした」という表情を何回もしたし、「わからないです」という返答もした。それが年をとるとそういう姿勢を全く見せず、ふんぞり返って偉そうになってしまう場合もあるらしい。正直「すみませんでした、わかりません」は私の最も得意とする返答なので、きっと10年後20年後もその返答をしなくなることはないように思う。かといって全ての問いに対して「すみませんでした、わかりません」だとマズイのだろうが…。
10時~16時×5日間は非常に疲れたけれど、得るものはたくさんあった。CSCDサポーターとしてのメーリングリストにも登録したので、これからも関わりをもっていきたいと思う。10時開始のおかげで、現在の私の生活リズムはすこぶるよい。
2005年08月11日

科学技術コミュニケーション4

【今日は研究科ごとのプレゼン】
「科学技術コミュニケーションプロジェクト」4日目。今日は前回与えられた「牛肉輸入再開へ向けての質問」に回答するプレゼンを研究科ごとに行う。その際、他の研究科から「市民役」、「評価者役」という視点でプレゼンに対する質問やコメントが入っていく。私の所属する研究科は、①基礎工学研究科の発表の時に「市民」として質問、②理学研究科のプレゼンと市民として彼らに質問をする基礎工学研究科とのやり取りを評価、そして③専門家として理学研究科にプレゼンを行なう、という順序で参加した。
基礎工学研究科の発表は、内容自体に専門性はあまり感じられない気がしたのだけれど、思考スタイルにその専門性がでていた。ように思う。うちのメンバーがした「統計的根拠と科学的根拠に違いはありますか?」という質問に若干困っていた。というのもBSEに関する措置として、日本は「全頭検査」を行っているのだが、アメリカはサーベイランスプログラムによって全体の何パーセントかの牛をランダムに選抜し、BSE感染に関する検査を行なっている。日本の主張としては、「全ての牛に対して検査を行い、感染の疑いのある牛を徹底的に洗い出すことによって感染経路や感染原因を把握する」ことがある。加えて、流通の前の段階でアヤシイ牛をすべて排除することも目的としている。
一方で、アメリカは、「20ヶ月齢以下の牛に対して検査を行なっても、擬陽性反応が出る場合が多く、検査はあくまでBSE蔓延の把握が目的である」としている。つまり、母集団(全ての牛)から何パーセントかをランダムに抽出し、そこから全体を推測すると言う手法を使っているのだ。そして、彼らは彼らの方法を「科学的に妥当である」と考えている。
基礎工学研究科の方々は、「データがたくさんないと全体がどうなっているのか分からないので、統計的根拠と科学的根拠には違いがある」といっていたのだけれど、ここで科学に対する認識の違いみたいなものがあるような気がした。私たちは、いわゆる「推測統計」といわれるような、「一部から全体を把握する手法」を用いてある現象に対して「科学的な説明を行なった」と言うような立場をとる。なので、統計的根拠は科学的根拠を支える一つのデータであると考える。でも、きっと基礎工の方々はそういう考え方はしないのだろう。「絶対不変の真理が存在することこそが科学である」という認識なのかもしれない。
他の研究科のプレゼンを見ていて非常に面白いと思ったのが、法学研究科の発表。2003年度の全輸入届出件数(168万3千件)から17万1千件を選んで調査をした中で1419件の違反(=摘発)があったということだ。率にすると1%に満たないが、法律違反における1%は「結構違反が多い」と考えるらしい。私の所属する研究科のメンバーに、「うちのとこは5%で有意っていっちゃいますけどね」とコッソリはなしかけると、「うちなんか10%でも物言っちゃったりします」とのお返事。分野によっても数字の持つ意味が変わるのだ。確かに、医療場面なんかにおける臨床研究でも、100人中5人は死にますが、この薬は使ってもいいと思います」なんて話になると結構大変だ。なかなか興味深い。
私たちの研究科の発表は、結構うまく行ったように思う。提案したコミュニケーションのモデル(3日目の記事の終わりのほうに説明あり)は、実現可能性に関して若干の指摘があったものの、発想は現状の問題点を払拭できる可能性のあるものだったのではないだろうか。予定を少し過ぎてしまったけれど、色々なことに気づかされるいい機会だった。
本日は某新聞社の記者さんが来ていた。そのうち記事になるらしい。かなりアグレッシブな女性で、研究科ごとに聞きたい(というか書きたい)ことをズバズバ質問していた。ただし、インタビューを方法論とするうちの研究科のメンバーからすると「かなりマズイ」やり方らしく、非常に誘導的であるようだ。私もそれは直感的に感じた。といっても、CSCDの取り組みを記事にしてもらえるのはきっとありがたいこと。
その記者さんに聞かれて、理系の人が「文系研究科による言葉の定義に関する質問」に戦々恐々としていたことが判明した。言語的コミュニケーションは、私たちの生活になくてはならない。でも思った以上に曖昧なことだってある。そこのあたりの定義づけをきっちり行いたいと考える文系の人たちに共感する私はやっぱりどう転んでも文系思考のようだ。
2005年08月06日

科学技術コミュニケーション3

【グループワークの様子】
「科学技術コミュニケーションプロジェクト」3日目。今日は同じ研究科でチームを作り、割り振られたBSE問題に関する問いについて、「専門家としての立場から」の回答を考える。まわってきた質問は、
①リスク認識や安全対策の有効性などに関して、その解釈に文脈の違いや日米間での違いはないか?あるとすればどのような違いか?
②現状では市民と専門家のコミュニケーション、消費者に対する情報開示はどのような方法でどれだけ行なわれているのか?行なわれていないとすると、どうしたらよいか?
①の質問は先日私がいたグループが作ったものだ。今度は専門家として答えるなんて、ちょっとしんどい。メンバーが集まると、すぐにどのような流れでいくかの検討に入る。研究科混成チームよりもやりやすいというのが感想だけど、昨日は6人、今日は3人なのでその影響もきっとあるに違いない。「じゃぁまず方法論の方から決めていきますか」ということで、問いに対してうちの研究科色が出るような答え方を考えていく。私以外の二人はともにフィールドワーク系っぽく、今回の問いには「事例研究」的アプローチで攻め入ることに決定。実際にフィールドワークをやったことはないけれど、事例研究は方法論としてある程度頭の中に入っている。なのできっと大丈夫。えっへん。(他の二人が相当賢そうなのでそれにのっかったというのが本音なのは秘密だ)。
来週のプレゼンは時間が10分から15分ということなので、発表の際のパワーポイントファイルのスライド数をまず決定し、そこから何をするか具体的に話し合った。やり方が非常にスマートだ。賢いなぁとさらに尊敬する。各スライドで説明する内容は以下の通り。
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01 タイトル
02 投げかけられた問いについてもう一度触れておく
03 日本の基準
-安全の基準について、外務省や食品安全委員会から公開されている文書から検討。
04 合衆国の基準
-同上。FDAの発表(アメリカ国内へ向けた政府の公式見解)も。
05 日本の理解
-公的文書
06 合衆国の理解
-公的文書
07 メディアの理解
-2001年以降にYahoo Japanに掲載されている新聞社の社説を対象とする
-「安全」「不信」などをキーワードにして文章を抜き出す
●excuse:3点比較で文脈を考察することに
08+08' どの意味で「安全」か(結論)
09 コミュニケーションと情報開示
一般市民が到達できる情報源-現状把握
→ どんなことが書かれているのか?
→コミュニケーションの形態…一方向と双方向でカテゴリー分け
→双方向の可能性を持っているメディア…WEBが考えられる
⇒事例:NHKのBSディベートアワー…専門家と一般市民のコミュニケーション
10 NHK事例研究(記述的な情報を伝える)
BSE対策 安全は守れるか(2004年10月放送)
●投稿された放送に関する書き込み全てを分析対象とする。
書き込みの特徴,コミュニケーションの形態
欠けている点を探す…コミュニケーションが成立しているかどうかに注目
●一般市民からの専門家への不満を主にキーワードとして抜き出す。
-話がかみ合ってるか?
11 分析結果(価値付け,評価)
-うまくいってない,限定的なやり方をしている(時間ないのでもう大体お話は決まっている)
⇒双方向+階層性を無視したコミュニケーションが原因?
12 代替案…効果的なコミュニケーションの手段があるはず
-別の形態としてgate keeper(購買者)に焦点を当てたコミュニケーションを考えてみる
●購買者への情報開示:手に取るときにon timeで手に入る情報を提供する案.
①商品に情報を埋め込む
:買う際に取捨選択できる情報を提供するという考え方
-どんな検査が行われて,パスしている項目はどれか?
②販売の場面で簡単な相談ができるようにする
:アドバイザーの教育
13 おわり
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次は来週の木曜日に全員集合してプレゼンなのだが、当然ながら今日1日でこんな量の検討が出来るはずがない。「卒論です」といってもよさそうな感じだ。なので役割分担をした後、月曜日にチームで集合、それまでに各自担当箇所について検討しておくことになった。関係者の方に「頑張るねぇ」と言われた際、メンバーの一人が「人科は頑張りっ子ですから」と答えていた。ひとまず笑っておいた。
2005年08月05日

科学技術コミュニケーション2

【CSCDオフィス入り口】
「科学技術コミュニケーションプロジェクト」2日目。今日は前日と同じグループメンバーで「BSE問題」について話し合うという「非専門家としての体験」がテーマ。
私は昨日「液液界面」についての情報を忘れてしまったことを後悔していた。しがたって、話し合いが始まる前に理学研究科のメンバーに「昨日の液液界面についてなんですけど…」と話しかけると「なな、なんなんすか!」と驚かれた。変人と思われたかもしれない。私にとって化学は未知の世界。高校のときは「生物・地学選択」という大胆な行動に打って出ていたので中学以降「化学」に触れたことがほとんどない。大学の時に石鹸やらアスピリンやら歯磨き粉を作るクラスをとっていたものの、言われたとおりに材料を調合して「やったーできたー」と楽しんでいただけだ。
「液液界面って、5ナノでしたっけ?」と尋ねると、「いや、違います、1ナノくらいといわれています」と答えてくれた。昨日の時点で「1ナノ=1000ミクロン」と学習済み。そこで空気中に舞っているチリの大きさを尋ねると、「10マイクロ」とのこと。「ミクロンとマイクロって同じですか?」などとまたしょうもない質問攻めを繰り返す。「はいそうです(なんだこいつ的な表情)」と教えてもらったので、「では液液界面は空気中のチリの1まんぶんの1ってことですね」と最終確認をすると正解だった。昨日はうろ覚えだったけど、もう忘れないだろう。ちなみに液液界面は水と油の間に入り込むもので「界面活性剤」といったいわゆる洗剤に含まれている。
BSE問題について市民の立場から3つの「キークエスチョン=米国牛輸入再開の条件を考えるために知りたいこと」を考えるというのが本日の具体的な課題。私のチームは全体的に哲学っぽい議論が多かった。頭をひねって作成したキークエスチョンは以下の通り。
①「安全」‐アメリカと日本の違い…安全には、1)食べて安全、2)検査して安全、3)食べてしまう可能性が低いから安全、の3通りがある。この「安全」の解釈に日米の乖離はないのか?
②リスクを定量化することの意図…頻度×リスクポイントで算出する指標のポイント設定はあくまで専門家の私案段階らしい。「不確実性係数」なる数値も存在するらしい。そのような中で、リスクの定量化を検討していったい何が分かるのか?
③輸入牛肉の出生と行方…牛トレーサビリティ法により、牛に10桁の数字を与え、販売の際には表示が義務付けられるようになった。しかしそれは「牛肉」としてスーパーで売られているものが対象。それ以外の「牛由来成分」が入っている製品に関しては謎である。輸入牛の追跡可能性はどのように保証されているのだろう?
今日一日の情報収集でBSE関連の知識が激しく身についた。「特定危険部位の除去」とか「ピッシング」とか、ボキャプラリーも増加した。全頭検査を行なっても患者が出る可能性は、1億2千万人に対して0.0004人から0.0003人とかいわれると、楽観主義かもしれないけれどなんとなく自分にゃあたらないだろ的な考えをしてしまう。だめだろうか。
さらに、牛由来成分がいろんなものに含まれていることが判明し、引く。リップスティックに牛の血液が使われているとか、化粧水に胎盤が使われているとか。化粧水はさっぱりタイプにもしっとりタイプにも胎盤が使用されていた。この情報から、胎盤の用途がさっぱり‐しっとり軸に影響を及ぼすものではないことが分かるな…などと考えてしまうのは私の「考え方のクセ」なのかもしれない。
2005年08月04日

科学技術コミュニケーション1

【Center for Study of Communication Designに潜入】
「科学技術コミュニケーションプロジェクト」という5日間のプログラムに本日より参加している。これは、「専門家」と「一般の人」の間での円滑なコミュニケーションの必要性とその難しさを体験するもの。専門家は、それこそある特定の分野においては深い専門知識を有するが、その他の領域に関しては全くの素人である。しかしながら、その他の領域に関しても自分たちの専門におけるロジックや思考様式を基盤として議論をしがちだ。そんな専門家(今回は予備軍)の「考え方のクセ」について、他分野を専門とする人たちとの協同作業を通じて実際に体験してみようという趣旨のもと、工学研究科、基礎工学研究科、法学研究科、文学研究科、理学研究科、人間科学研究科から人が集まりプログラム開始。私もちゃっかりそのメンバーとして参加。「日本ではじめての試み」と聞かされ、俄然やる気を増す私は単純だ。
「バドワイザーTシャツとケミカルウォッシュジーンズ」をキーワードとする大学にはあるまじきオシャレなオフィスにまずは驚く。オレンジがテーマ色らしく、廊下などにもちょっと座って小話ができる椅子とテーブルなんかが置いてあったりする。壁一面がホワイトボードの会議室(写真参照)にまずは集合し、簡単なガイダンスの後、本日の演習へ。各研究科から一人ずつの6人グループに分かれて、宿題だった「自分の研究していることの紹介」プレゼンを行なう(プレゼン15分、質疑応答15分)。哲学専攻の方の「考える私、考えられる私」という話からスタート。冒頭からさっそく頭が破裂しそうになる。でも、質疑応答の時間に「客観とか主観とかよく言いますが、人にとって完全に客観的であることは可能なんでしょうか?」と最近たまに思うことを無理矢理聞いてみた。すると西田幾多郎の考える主観と客観について丁寧に教えていただきなるほどと感動。哲学専攻の人は自分の脳みそだけで戦ってるからすごい。
他分野の方々の発表は全般的に不思議ワールドにつつまれていた。5ナノメートルの液液界面(表現が適切かどうか怪しい)について研究している人に「5ナノってどれくらいですか?」と尋ねると「たんぱく質よりも小さいくらいですね!」とのお返事。「あの~たんぱく質の大きさが分からないんですけど…。」でひとまず小笑いを取る。すると「空気中に舞っているチリが○○ミクロンくらいで、それの何千分の1くらいです(数字は忘れた)」と言い換えてくれた。大きさはイメージできないけれど、「たんぱく質よりも小さい」よりははるかに「すっごい小さい」ことが伝わってきた。きっと本日の目的の1つはこういう部分にあるのだろう。
自分でプレゼンしていても専門外の人に話すことの難しさを痛感。「軸」とか「因子」とか、どこまで理解してもらえるのかどうも分からない。慣れてくると「何を一番伝えたいか」と言う面から、「捨てる勇気」を習得できるらしい。今はどうしても「あれもこれも伝えたい」になってしまって、結局なにも伝わらないということに陥っている気がする。気をつけよう。
その他気づいたことと言えば「解決と解明」。工学系が「解決」を重視する一方で、理学系、文学系の人は「解明」重視の考え方。その違いが質疑応答の間に目立っていた。工学系の思考様式であると思われる、エンドポイントの設定とそれに向けた問題解決方法の提案という流れについて疑問を感じるのは、やはり私が文系型の思考をするからだろうか。そのエンドポイントは誰がどうやって決めるのだろう、妥当性はあるのか?などなど…
演習終了後の懇親会で、同じキャンパスである工学研究科の人と食堂について話をした。私のいる研究室では、味、メニューなどの点で比較的忌み嫌われている「くじらや」という食堂が、工学部には結構人気らしい。くじらやに行くことを「くじる?」とか「くじっとく?」などと表現するほど愛されているとのことだ。ありえない。さらに驚いたのは、唯一私の研究室で高評価を得ている「カレー」だけが工学部において唯一低評価であるという事実。理系と文系では味覚までも違うのか、とあれこれ思い悩みながら第1日目終了。明日も明後日も私からすると早起きなので大変。




