2006年08月10日

資格の時代
野菜のソムリエ―おいしい野菜とフルーツの見つけ方
日本ベジタブル&フルーツマイスター協会
小学館 2003/02
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猫も杓子も資格の時代である。私も時代の波に乗り損ねないよう,また,何か自分の専門とは別のフィールドの知識を持っていてもいいはずだと考えた。ぱぱんもよく「自分の専門とは関係ないライフワークを持て!」などと言っている。確かにそれも悪くはない。芸は身を助けるという言葉もある。人生なにが役に立つか分からない。そこでまた考えた。動機付けが高くないと,別のフィールドのことなんて学習かつ記憶なんてしていられない。「健康,LOHAS」を中心とした,生活密着型の何かはないものか。そうだ,長谷川理恵も所持しているベジタブル&フルーツマイスターの資格だ!よーし,マイスターになるぞ~。と意気込んで購入した本がこれ。履歴書の資格のところに,「ベジタブル&フルーツマイスター」とか書けたら,なんてステキなのだろう。夢が膨らむではないか。
と,ここまでは良かった。「どれどれ,資格を取るためには…」なんて独り言をいいながら調べる。するとなななんと,講義みたいなのを10万円以上払って受けないと受験資格が得られないらしいではないか。
なにそれ。しかも長谷川理恵はジュニアマイスターらしい。ジュニアの次は普通のマイスター,そしてその上にはシニアマイスターという風に,ランクがあるようだ。そして受講料は加速度的に増加し,最後なんて70万円。むきー!無理。やーめた。資格なんていーらない。と一瞬すねたのだが,思い直せば資格なんか取らなくても,毎日の健康のために野菜・果物に関する知識を有するのは良いことだ。だから気を取り直して勉強はしてみよう。ジュニアマイスターの長谷川理恵に負けないくらいの知識を身につけよう。と思って読み進めた。
<読み終わって思ったこと>
●鮮度の見分け方とか,旬の時期とか色々詳しくなった。ほうれん草は葉が下のほうから密集して生えているほうが美味しいらしい。間違っても茎がバキバキに折れているようなやつを買ってはいけない。
●そらまめになってあそこで寝てみたいな~と思った。
●じゃがいもの男爵とメークイーン,どちらが煮崩れする方だったか忘れがちだったのだけど,今回で覚えた。男子と女子,強いのは女子だということだ。肉じゃがを作る時,私は断然メークイーン。男爵だとボソボソにしてしまう。ジャガイモは形が残っている方が好き。ポテトサラダを作る時は男爵かしら。
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部★5つ)
2006年07月21日

記憶力V.S.記録力
悪人正機
吉本 隆明 糸井 重里
新潮社 2004/11
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最近自分の記憶力のなさに自分自身驚愕することがある。例えば,3日前の夜に何を食べたかとか,しばらく考えても思い出せなかったり。家の中でも,キッチン方面に向かったあと,「あら?私何しにここにきたんやろ」みたいなことがある。嫌なことはすぐ忘れても大変結構なのだが,そうでないことまで忘れたり覚えていなかったりするのはマズイ。ゲーテは「興味のなくなるところ,記憶もまたなくなる」と言い残してこの世を去った。もしそうだとすると,私は3日前に食べたものも,キッチンに何しに行ったかも興味がないということになる。そんなバカな。どんだけ興味ないねん。いやいや,記憶の種類について考慮していないのが問題なだけだ。
動機付けも重要だが,個人の有する記憶容量も「記憶力」には強く影響するように思う。こっちまで少ないもんだから大変なのだ。そんな私の外部記憶の役割を果たしてくれているのがbo-peepである。記録しやすいようにカテゴリーを分け,さらに系統だって記録していけばしていくほど,外部記憶は有用なものに成長していく。そう,記憶できない私は今日もせっせと記録するのだ。
<読み終わって思ったこと>
●覚えておきたいことがたくさんあってもうどうしよう,というような,Bad memoryを持つ私泣かせの非常に面白い本だった。こんなおじいちゃんがおるんやな。思想界の巨人といわれるほど有名であろうお方を全く存じ上げなかった。吉本ばななのぱぱん,といわれて「ほほー!」となったレベルだ。反省した。
●覚えておきたいフレーズを以下にメモ。
・日本人は気を遣いすぎる。人それぞれ違う考えがあるって言う相容れないもの同士のルールができていない(Pp.60)。 【研究テーマと関連】
・戦時のアメリカ兵と日本兵の比較。「こりゃぁかなわないはずだって。ものすごい“ゆとり”があるように見えるわけですから。」(Pp.98)。 【つまりはこれと一緒だと思う⇒ホール兄妹】
・清貧の思想とか,そういうのはダメ。自分ばかりが正しいと思うのもダメ。自分だけがストイックな方向に進んでいくのはいいけど,他人にそれを押し付けるのは,ね。(Pp98)。 【だからといって遊びほうけるのも,ね】
・「大学は,まぁ,国立公園みたいなところなんですよ」(Pp.147)。 【新しい考え方だ】
・自己評価について(Pp.177)。 【最近これが私の中で非常に重要なのではないかと思っている。すごく難しいことだけど,自分に何ができて何ができないのか考えることは必要不可欠である。】
・ユーモアについて。「思考っていうか,考える経路のとり方に遊びがない」と自己評価(Pp.223)。 【非常にクリティカルな部分だ。】
・病院の管理体制について(Pp.323)。 【お年寄りを子供みたいに扱うのって,良くないと思う。うちのパパンがよく「病院で子ども扱いされるくらいならママンのお墓の前で死ぬ!(「いっつも私を先に殺して!」とママンご立腹)」と主張しているが,気持ちは分かる。】
●最後の「あとがき」の部分が良かった。なんというか,日本語を知っている人の書く,キレイな文章だと感じた。>
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部★5つ)
2006年06月18日

やっぱり品格は大事である
無人島に生きる十六人
須川 邦彦
新潮社 2003/06
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人生の歩み方や国際情勢に関してなど,共有する価値観が結構多い友人Mくんがちょっと前に奨めてくれた本。「新潮社,無人島に生きる(私は『暮らす』と覚えていた)十六人」というキーワードをお店の人に伝えると,無言で該当する本が積まれているところに行って,上から2冊目のやつを無言で手渡してくれた。できる人だ。
船が難破して,4ヶ月ほど16人で無人島生活を営むという,明治時代に本当にあった話。明治の日本男児の行動言動に心打たれてアガるよ,とのことだ。
<読み終わって思ったこと>
●確かにアガった。というかたまに感動すら覚えた。文章は平易で小学生でも十分に読める内容だと思うが,年代によって読後の感想が異なるように思う。船長を中心に16人がきっちり自分に与えられた役割を担い,「ただ生きるだけではなく道場や塾にいるような気分で」学び暮らそうという方針は素晴らしいと思う。私が遭難したら,The Incrediblesに出て来たダッシュのように「We are dead! We are dead! We survived but we are dead!」と暴れ泣きする。
●海に関する知識を得た。亀は清水1リットルほどをおなかに蓄えているとか,蒸留水や塩の作り方とか,野生のアザラシがなつくとか。
●ステキはフレーズがたくさんあった。それらは全て品格に通じる。品格とは,偉そうにしているとかそういうのではなく,自然と周囲から尊敬されたり,何かしてあげたいと思われたりすることではないだろうか。今回の話では,船長はもちろん,全員に品格があった。178ページの,「私が感激したことは,私の部下はみんな,『一人のすることが十六人に関係しているのだ。十六人は一人であり,一人は十六人である』ということを,はっきりこころえていて,いつも,心をみがくことをおこたらなかったことだ。」なんて,最高だと思う。
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
2006年03月06日

朝の6時から泣く私
博士の愛した数式
小川 洋子
新潮社 2005/11/26
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機内で読もうと購入した本。なのに爆睡&映画三昧で全く読む機会がなかった。毎度毎度のことなのだが、飛行機で活字はなかなか読めない。雑誌が一番いいのはわかってはいるものの、ついつい謎に自分自身に期待してしまって本を用意するのだ。帰国後、時差ボケ中に読んだ。
<読み終わって思ったこと>
●「80分しか記憶が持たない。そんな博士とお手伝いさんのお話です。」 冒頭でこんな風に説明をされると、どんな大変なことが起こるのだろう、と勝手に想像していたのだが、全くもって予測がはずれた。博士の状態は確かに世間一般からすると普通ではないが、物語はごくごく普通の日常を描いたもので、それがすごく心地よかった。物語の起伏は多少あるのだが、取り立てて「わ!」とか「すごい!」とかはない。なのに最後、自然と涙が出て来た。記憶が80分。冒頭で私の心の中にある種の感情の塊のようなものが作られて、話が進むにしたがってその塊が徐々に大きくなっていく感じ。読んでいる方はその塊が存在することも、大きくなっていることにも、最後まで気づかない。そして最後の最後で、その塊が涙となって出てくる。そんな小説だったように思う。
●博士にルートと名づけられる主人公の息子が良く出来た子だった。そして、博士に算数を教えてもらって羨ましかった。私も博士に算数を教えてもらっていたら今頃は…
●ベタだけど、80分しか記憶が持たないという点について色々と想像した。昔キタカタケンソウ先生のハードボイルド指南というテキストサイトがあった。悩める男子がケンソウ先生に相談に乗ってもらうという図式で話が進む。その中のひとつに「僕はもうすぐ30歳になります。30代なんて嫌です。年齢をチェックする項目で30歳以上のところに丸をつけるのが嫌です。」的な悩みを相談しているものがあった。ケンソウ先生は「は?おまえバカか?セミを考えてみろ!セミはジャンプの続きも読めないし、牛乳の賞味期限よりも命が短いんだぞ!セミに失礼だろ!」とハードボイルドに説教をしておられた。ちなみにケンソウ先生の解決策は、確か「年齢を書く欄のところには3万歳と書け!そしていつでも60歳以上のところに○をつければいいだろ」だった。要するに、年齢がどうのこうのとうだうだ言わずにしっかり生きろということだ。80分しか記憶できない博士も、80分ごとにしっかりと生きていたのだろうか。
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
2005年10月01日

女性研究者による科学の本
科学の目、科学のこころ
長谷川 真理子
岩波書店 1999/07
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親切な同僚から貸してもらった本。本当に本当に長い間借りているので早く返さないとならない。だいぶ前に読み終わっていたのだけど、記憶に残すための作業(=ブログ掲載)が滞っていた。もう記憶から消え去ってしまったかもしれない。生物学を専門とする女性研究者による、科学への想いがエッセイ風に綴られたもの。ただでさえ女性の研究者は男性と比較して少ないらしいが、日本は特にその数が少ないそうだ。頑張れ女性研究者。
<読み終わって思ったこと>
●1つのトピックについて5ページ程度で話が終わる本書は、電車で読むのに非常に適していた。しかも扱われるトピックは幅広く、長谷川氏自身の興味・関心の幅広さを感じることができる。科学者だからといって、研究対象にだけ目を向けていたのでは、きっとこのようなエッセイは書けない。文章も非常に明瞭で、読んでいて気持ちが良かった。
●長尾真氏の「わかるとは何か」でも触れられていたが、ポストモダンの考え方に疑問を持つ物理学者、アラン・ソーカルがとある学術誌にパロディー論文を投稿して掲載された、という話が出て来た。アラン・ソーカル著の「知の欺瞞」が読みたくて先輩に借りてきてもらったのに、バカな私は10ページくらい読む→寝る→また5ページくらい読む→寝る をくり返し、返却期日までに読み終えることができなかった。小さい字の翻訳本、そして(私にとって)難解な文章表現は、宿敵(というかむしろ難敵)といっても過言ではない。今回は失敗に終わったけど、近いうちに読みたい。
●ちょっとおもしろかったのは、生態学者と経済学者と統計学者が鹿狩りに山へ出かけ、右に50センチはずした生態学者と左に50センチはずした経済学者を見て「やったー!わたし仕留めたー!」と喜ぶ統計学者、と言うくだりのジョーク。どこの国のジョークだろう。
色々とまとめると、「科学」には長い歴史があり、そしてそれは現代までに着実に進歩を遂げてきたが、だからといってそれを「考えなくてもいいと判断する材料」にしてはいけないと言うことだ。
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
2005年07月29日

見たら脱ぐぞ!?
崖っぷち弱小大学物語
杉山 幸丸
中央公論新社 2004/10
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「おもしろかったよ」と親切にも貸してもらった本。長い間借りているので早く返さないとならない。でももう一冊借りている。怒られるかもしれない。キレられるかもしれない。ちなみに本書は、有名国立大学に在籍し、第一線で活躍していた「研究者」から、非有名私立大学の「人文系学部長」になった著者が直面した厳しい現実を綴ったもの。
<読み終わって思ったこと>
●著者は「教養学部」の必要性をくり返し訴えている。アメリカには「Liberal Arts」、いわゆる教養学部が存在するのだが、日本にも昔はあったようだ。アメリカの大学ではたとえ薬学部に所属していたとしても、芸術(絵を描いたり写真撮ったり焼き物作ったり)や人類学(黒人学とか食と文化とか)の授業などをリストの中から絶対に選択・受講しないと卒業できないようになっている。こういうシステムなので、「もっと勉強したい人は大学院へドウゾ」というスタンスだ。一方日本では、学部生レベルで習得する専門知識が非常に細分化されていて、しかも深い。にもかかわらず特に文系の学生は、その専門知識が就職に生かされないことが多いのではないだろうか。中途半端に専門性を身につけるのなら、社会にでた時に必要な「教養」を身につけさせるべきだ、ということなのだろう。どちらも一長一短な気がするが、前提としてやる気のある人が集まる場所が大学であってほしいものだ。
●著者の人柄がすごく良い。年齢を重ねても常に何かを思い、目標を見つけ、その達成のために学習する姿勢は見習いたい。「あぶら取り紙」が何か知らなかったけど、今はもう完璧に分かっている、分からない人のためにお教えしましょう、という記述はほほえましかった。
●講義をするときに、教室の静寂を保つにはどうすればいいのかと最近良く考える。本書でも紹介されているように、昨今の大学生はなかなかコントロールが難しそうだ。だからといって無法地帯を許すのはまじめな学生に迷惑がかかるし、いつも大声でわめき散らしたり怒ったりするのは静かにしている学生にストレスをかけてしまう。いや、むしろうるさい学生は怒られてもきっと平気なので、まじめな学生の方が嫌な気分になるかもしれない。やる気のない人は来なくてもいいとは思うのだが、最低限「やる気のある人が学べる環境」を維持することは教えるものにとっての義務だと思う。
そこで私は「契約書システム」を思いついた。1回目の授業で契約書を配布し、サインを求める。もし契約書に同意できない場合は、話し合いを行い契約書を改変する。その上で、契約に明らかに違反した行為が講義中に見られたら、その場でサインされた契約書を取り出し、対象となる学生に突きつけ、退出させる。自分でサインしたもの(しかも反論をする機会も与えている)だから、学生もきっとそれを守ろうとするはずだ。甘いだろうか。
●契約書Ver1.0
講義中以下の行為が見られた場合、甲(私)は乙(学生)に対して退出を命ずることができ、乙はそれをすみやかに受け入れなければならない。
講義を妨害するほどの騒音を発生させ、それに対して3回以上の注意を受けながらも、改善が見られない場合。
-雑談
-携帯で会話
-やたら頻繁に教室を出入りする
-おせんべい等を食べる
-飲料をストローでズルズル音を立てて飲む。
正直これくらいだ。腹が減っては戦が出来ないので、腹八分くらいまでなら別になにか食べても良いし、喉が渇いて仕方ないなら飲み物も飲んだっていい。ぼうしをかぶったまま講義を聞くのは失礼だ、という人もいるが、話を聞くこととぼうしをかぶっていることは特に関連がなさそうなので私は気にならない。静寂が守られるようになった時点で、マンガを読んでたり寝てたり、他のことをしている学生をどうにかすることを考えることにしよう。といっても、学生を惹きつけられる講義が出来ているというのが前提にあって然りの契約書であるのは言うまでもない…。さらにそれ以前に、こんな契約書考えなくて良いのが一番だ。
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
2005年07月19日

だめ男の8つの特徴
だめんず・うぉ~か~ (7)
倉田 真由美
扶桑社 2004/08
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友人からの推薦で読み始め、しばらくはまっていたのだがそのうち熱は冷めてしまっていた。しかしながら最近まただめんずブームがきている。①~⑤は既読、本屋さんにそれ以降の巻を探しに行くと⑦⑧しか売ってなかったのでひとまず2冊購入し、⑦を読み終わった。今回もレベルの高いだめんずが一杯…。
<読み終わって思ったこと>
●だめんず・うぉ~か~を読むたびに、「世の中こんなすごいことってあるんだな~…」と感服してしまう。客観的に見ると完全に騙されていたりドツボにはまっていたりするのが手に取るように分かるのだろうが、自分が当事者になるとまた違うのだろう。鳥瞰図に示されるような広い視野を持つことが、だめんずから抜け出す一歩なのかもしれない。
●巻末に掲載されている、社民党党首・福島瑞穂氏と著者くらたまのだめんず対談は読みごたえがあった。福島氏の経験論に基づくDV男の8つの特徴:①ウソつきである ②二重人格である ③自己中心的である ④性差別主義者である ⑤現実に直面しない ⑥反省しない ⑦気が小さい ⑧自信がない (Pp167) は、かなり説得力がある。いろんな種類のダメ男にも通じるものがあるのではなかろうか。ぶるぶる。
●「やさしくない男の人なんて、生きている意味がない」と先日某才色兼備さんが発言していたのだが、彼女は絶対にダメ男にはひっかからないだろう。そして彼女の言っていることは正しい。くらたまも言うとおり、「やさしさと度量とおもいやり」は大切だ。
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
2005年06月20日

自然科学と社会科学の隔たり
「わかる」とは何か
長尾 真
岩波書店 2001/02
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実家にあったので奪ってきた本。著者は2003年まで京都大学の総長だった方。工学系の研究者ということだ。ちなみに現在の総長は我らが尾池和夫氏である。高校の時に尾池先生の講演を聴いたような気がするのだが、覚えているのは、質問タイムで矢嶋君が「僕は頭が悪くてクラスでもビリのできそこないです。こんな僕でも京都大学に入れますか。」と聞いていたことくらいだ。
<読み終わって思ったこと>
●自然科学と人文社会科学の大きな違いは、「そこに絶対不変の真理があるかどうか」という点にあるのかもしれない。社会科学系はどうしても帰納的、確率論的なお話ししかできない。一般的に科学というと社会に貢献することが義務付けられていて、その貢献の形が一般の方々にとってわかりやすいのは自然科学のほうだと思われる。でも、人が人を対象として研究を行なう人文社会科学だって、曖昧な部分があるにしろ、きっと捨てたものではないはずだ。
●長尾氏は生粋の自然科学を対象とした研究者である。その視点からみると、人文社会科学系の論文は「ここまでわかっているから本研究ではその先を解明する」、ではなく、相手の考え方や方法論の批判や自分の方法論の妥当性の証明にばかり終始し、結果やたら引用文献が多いことが特徴であるらしい。たたた、確かに。
●研究者が持つべき態度みたいなものを考えさせられる、良い本であった。「私たち研究者は十分謙虚でなければならない。研究者は現実を直視し、真理に忠実であり、科学の限界を十分認識し、こういったことを社会に対して正しく伝え、社会の理解をうる努力をすることが必要である(Pp.166-167)」のくだりなんか、すごいなぁと思った。こういう考えを持つ方を総長にする京大はやっぱりオシャレだ。なんだかんだオシャレかどうかが一番大切。
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
2005年06月12日

これまで弁慶に失礼だった。
美人の日本語
山下 景子
幻冬舎 2005/03
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自分の語彙力のなさに呆れつつ、ちょっと息抜きできる読書がしたいとの甘えから手にした本。最近漢字などもド忘れしていてビックリする。例えば、「韓国」の「かん」がかけなかったり。京都御苑を「きょうとごえん」と読んで「アンタ大丈夫?もしかして弱い子?」と心配されたり。
今回の本は、1年分、つまり365個の美しい言葉たちが紹介されているもの。私の誕生日は「時つ鳥:ときつどり」でホトトギスの異称の紹介だった。
<読み終わって思ったこと>
●一気に読破する、というよりも、時間をかけてゆったりと読んでいく、という感じの本。365個も語彙が出てくるのだから、当然かもしれない。でも早速覚えたての「塩梅」とかを知ったかぶりして人に話した。
●普段何気なく使っている言葉でも、その語源を知ると「これから使い方に気をつけねば」と思うものがあった。例えば「立ち往生」。前の車が立ち往生してて全く前に進まない!き~!、などと気安く「立ち往生」を使っては弁慶さんに失礼だ。
●1つの言葉について、300字程度で起承転結の流れにそって説明をしていくというのは難しそうだ。しばらく読んでいるとどうしても単調な感じが出てきてしまう。そういった点からも、1日10語彙くらい読んでいくのが適切な本なのだろう。
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
2005年06月11日

ドラえもん「学」って?
ドラえもん学
横山 泰行
PHP研究所 2005/04/16
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私は本についている「宣伝風帯」を購入後すぐはがしてしまう。帯があったほうが古本屋には高額で売れるらしいが、そんなことお構いなし。なぜならどうもペラペラと邪魔だし、大げさなうたい文句に居心地が悪くなるからだ。
この「ドラえもん学」は、その邪魔くさい「帯」を見て購入に至ったという類まれな書籍。「えーPHP新書でドラえもん!?」という意外性も興味を持つ一因となった。でも読んでみるとなんだか微妙。期待が大きかっただけに…だろうか。
<読み終わって思ったこと>
●アマゾンのレビューでも若干たたかれているが、この本は「ドラえもん学」というより、「ドラえもんマンガ学」に終始している。ドラえもんがわれわれにとってどのような存在なのか、ドラえもんが世にもたらした効用は、というような内容を期待していただけに、残念。しかしながら、土居健郎の続「甘え」の構造と照らし合わせた部分の記述数行+福島憲成氏(現・函館大谷短期大学学長)のドラえもん分析(朝日新聞朝刊に掲載)を紹介した部分は良かった。
●版権の問題から、この本にはドラえもんの画が一切出てこない。それなのに最終章は、マンガ・ドラえもんのお話を文章のみで紹介、というかなりチャレンジングな試みをしている。マンガのおもしろさを文章でいかに伝えるか、そのために必要とされる豊かな表現力とは、など色々と考えさせられた。
●全体を振り返ってみて、どうもすっきりしないのは、この本が何を言いたいのかさっぱり伝わってこないからだと思う。最後なんて、「のび太と雲の王国」のあらすじを紹介して終わり。ページが抜け落ちているのかと真剣に疑ったほどだ。せっかく本を出すのなら、そしてあんなにドラえもんが好きなのなら、もう少し著者自身の考えを聞かせてほしかった。
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
2005年05月22日

宝くじで1等が当たる確率は、
ツキの法則―「賭け方」と「勝敗」の科学
谷岡 一郎
PHP研究所 1997/07
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5月14日のエントリーで、アミール・D.アクゼル著の「偶然の確率」の読後感想を書いた。その本の内容に関して、とある先輩とお話しする機会があったのだが、その際先輩は「おもしろい本があるよ」とこの本を紹介してくれた。読まずに読んだフリだけして、「おもしろかったです」とか適当に言うなんて、羽賀研二か私かくらい誠意大将軍な私には、当然のことながら絶対にできっこない。だから頑張って読んでみた。ちなみに宝くじで1等が当たる確率は250万分の1で、私が1年以内に雷に打たれて死亡する確率(100万分の1)よりも低いらしい。買うのやめとこ。<読み終わって思ったこと>
●ギャンブルやギャンブラーにはこれまで全く縁のなかった私にとって、ブラックジャックや麻雀、ポーカーなどの勝率や賭け方、控除率について、そのルールを知っていて当然な流れで話が進むのはちょっときつかった。何度も寝てしまった。
●「お札を半分に折り、それをまた半分に折り、という行為をくり返し、一枚が二枚、四枚、と厚さを増加させてゆくものと考えてみる。むろん実際にはすぐ折れなくなるが、永遠にできるものとして50回折り曲げるとどのくらいの厚さになるか?(ただしお札の紙は100枚で1cmになるものとする)」pp168 という問題はどこかで聞いたことがあるような気がする。答えは「ここから月までの距離の約300倍」。ひえ~。
●正規分布における「分散」の持つ意味の大きさについて考えさせられた。分散って大事だ。そして「ツキ」は統計上の「ゆらぎ」でしかない、いわんや占いをや、と主張している著者の言うことは数学的に見ても正論な気がする。ある意味「おもしろくない」本のような気がするが、これを「おもしろい」と言える先輩の心は大海原のように広い。
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
2005年05月21日

マキャベリから愛を込めて。
マキアヴェッリ語録
塩野 七生
新潮社 1992/11
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「ローマ人の物語」の文庫本でも最近本屋さんを賑わせていた塩野七生さんが著者。性格特性としてのマキャベリズムは、「目的が正しければ、その実現のために少々卑怯な手段を使ってもいいじゃないかと思う傾向」を言う。これだけを見ると「マキャベリってなんだか怖い人だなぁ」とか「ヤな感じ」と思いがちだが、この本を読んで少しマキャベリに対するイメージが変わった。<読み終わって思ったこと>
●塩野さんがマキャベリ好きと言うこともあるかもしれないが、「君主論」,「政略論」,「フィレンツェ史」などから抜粋されたフレーズの一つ一つが示しているマキャベリのするどい観察眼に感服した。16世紀のイタリア、統計的な分析や理論なんてないんだろうけど、それでもここまで冷静に歴史から物の見方を学び、適切な行動の指針を記述できるなんてすごい。
●ローマ史について多少の知識と興味を持っていないと、この本を十分に理解するのは難しいかもしれない。もちろんある程度は理解できるのだが、知っていればもっと楽しめるだろう、と感じた。途中で母親に追い抜かれ停止状態に陥っているが、「ローマ人の物語:ハンニバル戦記」あたりまで読んでるだけでも所々頭にすっと入ってくる箇所があり助かった。
●現在の世界各国の状況に照らし合わせても、「マキャベリいいこと言った!」と感心する部分が多々あった。その一部を抜粋。
【アノ国にマキャベリから一言シリーズ】
→某A国さんへ:「指導者をもたない群衆は、無価値も同然の存在である」-君主論-pp115
→某B国さんへ:「金銭で傭うことによって成り立つ傭兵制度は、役に立たない」-政略論-pp121
→某C国さんへ:「一個人の力量に頼っているだけの国家の命は、短い」-政略論-pp150
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
2005年05月14日

最適なパートナーを選択できる確率
偶然の確率
アミール・D.アクゼル(翻訳:高橋 早苗)
アーティストハウスパブリッシャーズ 2005/03
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英語タイトルは"Chance: A Guide to Gambling, Love, the Stock Market & Just About Everything Else"。おもしろそうなタイトルだと思って手にした本。読み始めあまりにも直訳過ぎて「入眠系か?」と思いきや内容がおもしろく一気に読めた。ここまで忠実に直訳なのも意外とありなのかもしれない。<読み終わって思ったこと>
●最良の伴侶を得る確率をこの本にしたがって算出してみよう。私がこれから5年間の間に10人の候補者と付き合う機会があると仮定する。この条件下であれば10×.37=3.7、つまり4人目と付き合った後、「これまでに付き合った4人のどの相手にもまさる最初の候補者(pp.125)」をパートナーとして選択すると、それが最良の人である確率が最も高くなる。と言ってもそんなうまくいくはずもない。
●ギャンブルをするとしたら、ビビリの私は絶対にちょこちょこと「はした金」を何回もかける、という手法をとりそうだ。しかしそれでは全然ダメだということが分かった。ルーレットの勝率が47%の時、一回にどかっとかけると勝率はそのままだが、ビビリ戦法では勝率がどんどん下がっていくのだ。よしいつかギャンブルをする機会があれば一回に有り金全てつぎ込む大勝負に出るぞ。と言ってもそんなうまくいくはずもない。
●「デ・フィネッティのゲーム」の紹介がおもしろかった。主観的確率を客観的に算定することができるのだ。その途中の段階を利用してこんな会話ができそうだ。
Aちゃん:「あ~私今回の小テスト100%0点だわ・・・」
私:「いきなりだけどケームをしようよ。袋の中に赤いボールが98個と白いボールが2個ある。もしAちゃんがこの中から赤いボールを取ることができたら1億円あげるよ。だたし、試験の結果を待つという手段もあるよ。もし試験の結果が0点だったら1億円あげる。さあどっちを取る?」
Aちゃん:「赤いボールをとるほうを選ぶ!」
私:「100%0点ってウソじゃん!」
※注意:友達なくす確率100%(私:「いきなりだけどゲームをしようよ・・・以下略)
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
2005年05月10日

クオリアクリオネクオリア
脳内現象
茂木 健一郎
NHK出版 2004/06/24
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脳を知るために読んだ本。著者は「バカの壁」の養老孟司さんと仲が良いみたいで、養老さんがやたらほめていたのだが、中を見てみると哲学書なのか科学書なのか、どうもこの本の目的が分からない。哲学は科学的な発見やモデルを構築する際の「考え方の土台」にはなりうるが、その発展の段階やモデルの妥当性に関する考察においては不要であると私は考えている。だから少々違和感を感じたのかもしれない。
<読み終わって思ったこと>
●この人はクオリアが大好きだ。そしてそのクオリアを、質感をあらわす「感覚的クオリア」と志向性を持つ「志向的クオリア」に分類しているのだが、コレがいまいち「なるほど」と言う感じで伝わってこない。ソシュールの「シニフィエ」と「シニフィアン」とどことなく似ている気がするのだが、かといって同じではない気もする。クオリアにこの2つが存在すると言うのはこの人の主張なのだろうか、それとも科学的に証明されているものなのだろうか。●ミラーニューロンの発見過程がおもしろかった。イタリア人研究者がおやつにジェラートを食べてるのを見ていたサルの反応から発見されたそうだ。イタリア人はやっぱりジェラートをよく食べるのだろうか。そして科学の進歩は偶然に頼らざるを得ない部分もあるのだろうか。
●ちまたでは「客観的データから、○○の××を科学的に解明・・・」などという文句をよく耳にするが、そもそも主観から完全に離れた客観はこの世界に存在するのだろうか。私は私という主観を通してしか世界を見ることはできない。他の人だって多分そうだ。そろそろ開き直る時がきたようだ…。
「主観でもいいじゃないの。」
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
2005年04月03日

左鮃に右鰈
板前修業
下田 徹
集英社 2001/02
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実家にいると本がたくさんあって良い。今日はお鮨を食べに行くのでこの本を読んだ。著者は銀座にお店を持っている方で15歳からこの道一筋だそうだ。すごい。
<読み終わって思ったこと>
●語り口調が実に心地よかった。著者の人柄がそのまま文章に表れている感じで読んでいて楽しかった。そして心地よすぎて何度も寝てしまった。
●鮃と鰈の見分け方を学んだ。その最中で非常におもしろいフレーズがあった。<鰈ト鮃ハ姿似タリト雖モ、其ノ味明ラカニ異フ。噛ムト鮃、口ノ中ニテ崩レルモ、鰈歯応ヘ有。形ニテ選ベバ人生誤ル也。pp.53>人生を誤ってしまうのはごめんだ。
●手に職をつけるのは大変だ。私だったら絶対二日で逃亡するだろう。色々な経験をしている職人さんのお話には重みがある。
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
【今日のお鮨の流れ】
玉子→さわら→鉄火巻き→(茄子のおつけもの)→あじ→鰹→うに→赤出汁。
【今日の収穫】
天然物と養殖物の味の違いを教えてもらった。「醤油つけずにまずはこっち」と言われ、養殖物。なるほど確かに言われたとおり独特のカビっぽい味がする。次に天然物。ホントださっきの味がしない。長太郎貝なんかも貝殻の色が鮮やかなものは養殖だそうだ。でも私たちは養殖物の味に慣れていて、養殖物の方をしばしばおいしいと思ったりもする。季節を通してネタを供給するには養殖魚はなくてはならない存在だ。自然と人間の共存は「食」という場面でもいろいろ難しい問題を持っている。
2005年03月31日

頭がいい人とわるい人
頭がいい人、悪い人の話し方
樋口 裕一
PHP研究所 2004/06
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売れているらしいのは知っていたが、少なくとも私にとってはタイトルが若干センセーショナルなのでちょっと引き気味で静観(書籍棚の前で立ち止まってみたり手にとってパラパラめくってみたり)していた本。実家に転がっていたのでラッキーと思い、試しに読んでみたが、結果は「暇つぶしにはありかな」みたいな感じだ。2時間弱くらい。
<読み終わって思ったこと>
●「あんたはバカに見えますよ」といいたいのはやまやまでしょうが…というフレーズで吹き出した。言えるか!そして「いるかも~こういう人~」みたいな例が結構でてくる。きつめの表現の仕方と、提示されている例の一般化のしやすさが売れている理由と見た。嗚呼ストレス社会。
●いつも読んでいる本が偏っているのかこの本が偏っているのか定かではないが、それにしてもここまで主観で言いたいことを言えるのはすごい。しかもどうしたらいいのかまで書いちゃっている。私なんかはビビリなのでデータがないとこんなこと書けない。データがあっても躊躇する。
●バカバカいっぱいでてきてちょっと疲れた。私はバカよりはアホと呼ばれたい。
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「人の話を聞かない」とかもろ当てはまるのでこれから気をつけよう。多分。
2005年03月23日

文化による思考の違い
木を見る西洋人 森を見る東洋人
思考の違いはいかにして生まれるか
リチャード・E・ニスベット(翻訳:村本 由紀子)
ダイヤモンド社 2004/06/04
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英語タイトルは"The Geography of thought"。本屋さんで見かけて気になって読んでみた。西洋と東洋の思考スタイルの比較、そして著者は西洋人ということだけで判断すると、「エスノセントリズムむきだし本?」と思いがちだが、評価的側面はあまり見られず双方の立場の中間に立った形でお話が展開されていて良かった。だからといって私は西洋だ、東洋だ、とパッキリ区別して何かを説明するのが好きかというとそうでもない。
<読み終わって思ったこと>
●翻訳がうまい。「翻訳+専門的」な本は、難解なものが多く、私の入眠度はかなり高くなるのだが、この本は違った。
●バイリンガルの人の思考スタイルはコミュニケーションの相手や環境によって切り替わるものなのか?もしそうなら頭の中はどうなっているのだろう。コッソリ覗いてみたいものだ。
●「パンダ サル バナナ」のうち相互に関連する2つを選べといわれて「サル バナナ」を選ぶ私はれっきとした東洋人のようだ。
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(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
2005年03月16日

心と脳みそ
進化しすぎた脳 中高生と語る「大脳生理学」の最前線
池谷 裕二
朝日出版社 2004/10/23
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最近脳科学が進んできてるらしいが実際どうなのかしらと思って読んだ本。「中高生と語る」というのもなかなかよかった。私は難しい本を読むと知らないうちにぐーぐー寝てしまうのだ。眠れないときは寝るために難しい本を読んだりする。
<読み終わって思ったこと>
●この本に出てくる高校生たち頭いい。私がこの場にいたら質問されても変なこと答えて呆れられるな…。いなくて良かった。本になってよかった。
●幸福、驚き、怒り、嫌悪、恐れ、悲しみの6種類の基本感情のうち「恐れ」は脳科学にやられてしまった。心脳問題はこれから避けて通れないとみた。
●イルカの脳って人間の脳より大きいんだ。どうりで人を助けたり癒したり、やたら賢いはずだ。ただし、脳の大きさは人間と比較しているが、賢さについての評価はあくまで人間以外の動物との比較に過ぎないのであった。人間を助けることが果たして賢いのかというちょっとした疑問もあるが助けられると私は嬉しい。
Note : 寝てしまう度は読み終わるまでに私が何回寝たかで算出
(5回以上寝た場合ももう全部☆5つ)
クオリアのことをあれこれ考えているとわけが分からなくなって思考が停止し、そして眠りの世界にいざなわれるのだった。これから何かのニュアンスを伝えたい時にうまく伝わらなかったら「所詮私のクオリアはあなたに100%理解されることはないのだから」とか言い訳したらこいつ頭おかしいと思われるだろう。それ以前に間違えて「クリオネ」と言わないように注意しておかねばならない。







日本の大学生は、確かにやる気がなくても「なんとなくみんな行くみたいだから」という理由で大学に行くことを決めたりすることが多い気がする。先日電車に乗ったとき、阪神タイガースのベースボールキャップをかぶり、黄緑の蛍光色Tシャツにデニムのハーフパンツ、そして「キリン氷結果汁」を片手にした外国人(後にテキサス州出身のアメリカ人と判明)を発見した。げげげと思いながらも向かい側の少し離れた席に座っていたところ、数駅通過したところでちょっと知り合い風の別の外国人(後にブラジル人と判明)が乗車。アメリカ人の向かいの席に座った。そこから席を隔てた大声トークが始まった。
あまりに声が大きすぎて聞き耳イヤーを立てたワケじゃないのに勝手に聞こえてきてしまった。どうやらその一見アブナイアメリカ人は4つの大学で英語を教えている講師のようだ。学生の様子をブラジル人から聞かれたとき、「4つのうち3つはいいけど、残り1つは…」と話していた。「なんで大学に来ているのか分からない」「私の1年生用のクラスにもいるし、2年生用のクラスにもいる学生がいる」「単位を落とした学生は、再履修の時は少しは勉強する。"enough to pass"レベルの勉強をね…」とか文句を言っていた。16時ごろの電車内で、一人飲酒する大学英語講師とやる気のない日本人大学生…。いろんな意味で心配になった。ちなみに写真は、とある大学生たちが提出物に描いた落書きである。クーがちょっとアカデミックな感じにアレンジされているのがおもしろいが、見た瞬間私がこのクーみたいになってしまった。そして2つ目の落書きは、威嚇しているもののほとんど脱いでしまっている。ダメかもしれないが笑ってしまった。ただし、今はまだあくまで他人事。自分が描かれたら笑えないかもしれない。描きたい気持ちは分からなくもないが、ここはひとつぐっとこらえて欲しいものだ。










