2006年03月18日

天気予報ってすばらしい
私は天気予報を見るのが大好きだ。ケーブルテレビなんかだとお天気チャンネルとかがあったりするが,それを流し続けているのも好きだった。天気予報どおりに天気が変化するのになんともいえない快感を覚える(といっても雨が降り始めるとか気温が低くなるといった予想を見ると気分が落ち込むが)。間違いなんて滅多に起こらない。「こんだけ晴れてるのに雨降るとかいってるし~。なーにいってんだか!」とか言って傘を持たずに外出すると後で泣きを見るのはこっち側。「予測」という面において非常に精度が高いのにも魅力を感じる。
16日の朝7時ごろに、実家で溺愛していた犬が死んでしまった。15歳。弱っているのは分かっていたが、まさかそんなにすぐに死んでしまうとは思っていなかった。死ぬ前の夜、もうほとんど動かなくなった状態で母親から電話がかかってきたのだけど、そのとき受話器越しに声をかけると足だけバタバタさせて反応していたそうだ。次の日の朝、電話をするのが嫌だった。それでもやっぱりと思い実家に電話。するとほんの少し前に死んでしまったと伝えられた。いることがデフォルトなので、いなくなったなんて信じられない。実家に帰るとなおさらそれを実感するのだろう。
大雨の17日に、お花とクッキー(丸のみしていたけどきっと好きだったはず)と一緒に火葬してもらったらしいが、その日火葬に出す直前、急に雲が切れて晴れ間がのぞいたらしい。そして火葬に引き渡して色々と片づけを終えたとたん、また大雨に逆戻りしたということだ。
私が天気予報を好きな理由からしても、それは単なる雲の切れ間だったにすぎない。雲の位置や気圧配置、気温等からおそらく予測可能である。でも、そこに何かの意味を持たそうとするのも、嫌いではない。
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