2005年08月31日

右上下8番抜歯小手術:消毒編

人相が変わっているのではないかとビクビクしながら、起きた直後に鏡を見ると、予想に反して全く腫れがないではないか。なぜだろう?よく分からない。でもとにかく助かった。先生の助言どおり、頓服を飲み続けたため痛みもほとんどない。しかしながら口の中は血の味がするし、唇には血が固まってついていた。まだたまに出血しているようだ。

小手術後の患部の様子見と消毒ということで、本日も歯科へ。診察室前には老若男女がたくさん待機していたため、「あ~こりゃ待つかな…」と思っていたのだが、意外とすぐに名前を呼ばれる。そうだだって私は10時に予約しているんだもの。いきなり訪問した昨日も結構スムーズにいけたのだから、今日もスムーズであってもいいはずだ。

可動式の歯科椅子に座り、消毒開始。注射のようなものに消毒液を入れて、患部周辺にさしている感じがした。つまり痛かった。ビクッとしたら「あ、痛いですヨネ痛いですヨネ、もうちょっと我慢してくださいね~」となだめられた。だから頑張った。こういう治療を受けると、いつもはサラサラっぽい唾液がねばねばになるような気がしてならない。気になる。だから質問してみた。すると,さらさらの唾液を出す腺とねばねばの唾液を出す腺はそもそも違っていて、薬や治療方法によってはそのバランスが崩れるらしい。そのため口内の唾液成分の割合がおかしくなり、ねばねば感が増すととのこと。私はまた1つ賢くなった。

調子に乗った私は、さらに「昨日の夜頭が痛かったんですけど、歯を抜いたことと関係ありますか?」と尋ねた。すると、「歯を抜いたこととは直接関係はないとは思いますが、緊張したり、ストレスを極度に感じているとそれが頭痛につながるかもしれません。今も痛いですか?」と丁寧な返答をいただいた。そういえばもうすっかり頭痛は治っている。のみの心臓を持っていることがばれた私はちょっとばつが悪かったのだが、「あ~寝たら治りました、あはは」といってごまかした。

先生は親切な人で、「他に質問はありませんか?」と聞いてくれた。調子に乗った私はさらに質問をした。「あの~以前左の親知らずを抜いた時にはぱんっぱんに腫れたんですけど、今回はほとんど腫れなかったんです。つまり、“私は腫れる人”というわけではないということですよね?どういう要因で腫れる腫れないが決まるのでしょう?」。これに対する返事は、「いや、ホント原因は様々です。同じ先生が同じようにやっても腫れる場合と腫れない場合がありますし、患者さんの体調や、顎の骨を削った量なんかにも関係があるんですよ」。なるほど。私はまた賢くなってしまった。

そんなやりとりで今回の消毒は終了。チェックイン(診察券提出)からアウト(支払い終了)まで30分足らずだった。昨日の小手術(私の中では大手術)に要した時間とは雲泥の差だ。

前回親知らずを抜いた時は、3日後にママンと食べた湯豆腐ですら「せっかくおいしいものが食べられるのに歯が痛く苦しむ」と記述があった。しかしながら今回は2日目にしてほぼ通常営業に。調子にのって食べたイカ墨スパゲティのイカ墨が、患部を縫い合わせている糸にしみ込んで、抜糸の時に「何したらこんな糸が黒くなるんですか?」と聞かれやしないかと、のみの心臓が気にしている。

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2005年08月30日

右上下8番抜歯小手術1

瞬間の痛みより持続する痛みが大嫌いな私は、同僚の助言を受けて本日歯科へ行ってきた。痛みの原因であろう右下8番埋伏歯抜歯小手術の予約を取ることと、鎮痛剤をもらうことが主要な目的だ。予約もなしに行ったので、正直見てもらえるか不安だった。しかしながら意外とすんなりと初診までいけた。

撮影したレントゲン写真を見ると、どうやら悪さをしていたのは右下の8番のみではなく、右上の、すでにちゃんとはえていた8番だったようだ。噛んだときに右上の8番にぶつかる下の歯がないせいで、右上8番が下がってきていたらしい。そしてその下がってきた8番と、ちょっと見えている右下の8番で右のホッペを削っていた→痛み発生、というメカニズムだ。先生が「こ~れは上も下もいっといた方がいいかもねぇ~」とおっしゃった。私は覚悟を決めた。「いってください」。

しばらくして小手術の準備ができたらしく、名前を呼ばれた。私はなんとかして心を落ち着けようと頑張ったのだけど、当然無理。事前に「この前抜いたときは、はじめの一撃の際にまだ麻酔が効いてなかったので痛かったんです。だから今回は麻酔多めでお願いします。」などと一通り要求をしたにもかかわらず、気が動転している私は、さらに「そういえばこの前は抜糸した後に糸が残っていた!ぎゃーぎゃー!」とクレームを付けまくった。今回の先生とは全く関係ないし、この件については抜歯する時ではなく抜糸する時に文句を言うのが適切だ。そんなことわかっちゃいる。でもとまらない。

先生は優しかった。「前に抜いたとき、他にはどんなことがありましたか?」と聞いてくれたので、「口をあけようということにモチベートされないのに口をあけ続けるのがつらかったです。なんで私は今ここで、痛いのに口をあけていないといけないんだろう、と思いました!」と、わけの分からない訴えもした。すると先生は「あけてもらわないといけないときにはあけてもらわないと困りますが、あいだに休憩を入れるために口を閉じていいときをお知らせします!」と言ってくれた。何とか頑張れそうだ。


口の周りだけがくりぬかれた紙みたいなものを顔にのせられ、いよいよ手術開始。麻酔。これが痛い。心臓がバクバクなり、「あぁ、ショック死ってこういうのがもうちょっと酷くなったときに起こるのかなぁ」などという思いにふけっていたのもつかの間、「じゃーいきまーす」と言われて歯茎切開(多分)。私の右下8番は完全に水平なので、歯茎を切開し、骨を削り、それから対象の歯をばきばき折りつつ抜歯すると言う流れなのだ。痛みはないのだけど、削るときの振動が脳に伝わり、苦しい。その上なかなか抜けなかったらしく、先生が独り言で「ここまで出てるのになんでだ?」といっていた。…私は当然何も言うことができない。

しばらく格闘した後、無事右下8番の抜歯終了。間髪いれずに今度は右上8番抜歯のための麻酔。痛い、痛い、痛すぎる。また心臓がバクバクなった。(麻酔が効くのを待つあいだに、右下の術後部位を縫合。顔がつりあがるくらい引っ張られた)。右上のほうは簡単に抜けたっぽい。水平かそうじゃないかでかなりの違いがある。


顔半分完全にしびれた状態で研究室に戻る。研究室に遊びに来たkohくん(天真爛漫太陽の子)に「抜いた歯みる?」と言うと、ニコニコしながら「見る見る、見せて!」とのお返事。あぁ、見たあとの状態が簡単に想像できてしまう。彼のためを思うと見せないほうが良いに決まっている。でも意地悪な私は見せた。すると想像通り、ばきばきに折れた血まみれの右下8番と、ちょっと虫歯っぽくなっている右上8番の様子を見てすっごいブルーになっていた。でもきっと数時間後(もしくは数分後)には回復するだろう。それまで頑張れ、と思い、一通りやりたかったことを終えた。それにしても、今日は小手術の予約と鎮痛剤をもらう予定だったのに、いきなり、それも2本の親知らずを抜歯するという急展開な体験をした。予定は未定とはよくいったもんだ。

間髪いれずに飲んだ痛み止めのおかげで今はあまり痛みはない。ただし、一番大変なのは明日の起床後だ。右のほっぺたが絶対にぱんっぱんに腫れ上がる。人相が変わるほどに。本来ならば引きこもっていたいのだけど、朝にまた歯科に行かなければならない。術後の様子を見るそうだ。今からそのことを考えると気が滅入ってしまう。でも1ヵ月後の私は幸せなはず。おいしいものを食べるのが大好きな私にとって、口の中が痛いなんて絶対あってはならないことなのだ。そう自分に言い聞かせてこれから予想されるつらい日々を乗り越えよう。親知らずは抜いた方が良いというのが通説なのだし…。

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2005年08月29日

私、もう我慢の限界です

2週間ほど前から歯が痛くて仕方がない。原因は分かっている。右下8番埋伏歯のせいだ。左下は3年ほど前の11月に抜歯した。その際左頬が激しく腫れあがり、「もう絶対に絶対に右下のは抜くものか!」と心に誓った。レントゲンで見た右下8番が完全に水平に埋まっている現実から目をそらしながら…。

しかしとうとうヤツが活動を始めた。先ほどあまりにも痛くて鏡で見てみると、下の歯の中央から右側全体がゆがんでるような気がする。ヤツが歯全体にプレッシャーをかけてきているのだ。もうこれ以上ほっておくわけにはいかない。私は痛いのが大嫌いだ。抜歯も死ぬほどいたいのだけど、じわじわと痛みが続くのも大嫌いだ。決めた。私は明日朝一番で歯学部に行き、右下8番埋伏歯抜歯小手術の予約を取る。

3年前の小手術後、どれほど苦しんだのだろうか。というのも、私は9月に色々と予定が入っていて、頬を腫らしてそれらの予定をこなす事にあまり気乗りしないのだ。あの時の様子をもう一度思い出したい。ここで私は貴重な資料をPC上で発見した。

  3年ほど前の私の生活記録

これによると、私は2002年11月12日に歯の痛みを訴え、歯学部を訪れている。そして20日に小手術。その後、12月11日の「歯が痛い」という記述を最後に、小手術に関する記述が途絶えている。記述が途絶えることは、すなわちもう大丈夫と言うことを表わしている。そう考えると、約1ヶ月も私は左下8番に苦しめられていたのだ。この記録を見ると、やはり今抜歯するのは適切ではないかもしれない。ただし、その他の記述に関しても詳細に復習すると、どうも歯学部に行って診察を受けると「鎮痛剤」をいただけるようだ。これだ。私は少なくとも今これが欲しい。小手術の時期に関しては先生と相談することにして、ひとまず明日歯学部へ行こう。もう、我慢の限界です。

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2005年08月28日

小坊主ショット集Ver.1.2

久しぶりの八十八カ所巡礼。早朝出発なのでもう大変。でも大変なのは車に乗るまでで、車に乗ってからはたまに姿勢を変えながら寝続けるだけだ。案の定ぐーぐー寝ていたら知らないうちに一つ目のお寺。山の上と言うこともあり、思ったより涼しかった。そしてなんとも心地よかったのが蝉の鳴き声。この夏大阪ではクマゼミが大量に産まれたらしく、私は来る日も来る日も「しゃわしゃわしゃわしゃわ!」という鳴き声ばかり聞いていた。しかもテンポが速いので謎に私まで焦ってしまう。ところが山の方にはクマゼミがいなくて、「みーんみんみんみ~ん」とか「じーーーじーー」など、ゆったりと鳴く蝉が幅をきかせていた。「閑さや岩に染みいる蝉の声」の蝉は絶対にクマゼミではなかったはずだ!と思いたち、ちょっと調べてみると以下のようなページを見つけた。

  山寺の蝉の声を考える

なんと山寺の蝉論争というのがあったようだ。それによると、芭蕉が言う「蝉」はニイニイゼミとのこと。やっぱりクマゼミではなかったのだ。芭蕉も絶対クマゼミの鳴き声は岩に染みいることはないと思っていたに違いない。

私の四国八十八カ所巡礼の大きな目的は、全部のお寺にいる(はずの)小坊主を写真におさめることである。これまでの巡礼中、いないという状況に何回も直面した。今回もすべてのお寺にいるかいないか、とても不安だったのだけど、なんとかすべてのお寺で小坊主を発見することができてひとまず安心。しかしながら、本堂にいたのは六つのお寺中三カ所。それ以外は大師堂でなんとか発見した。やっぱり本堂においておいて欲しい。私なりに小坊主がいるお寺といないお寺の違いを考えてはいるものの、未だ明確な答えは出せないでいる。プライドが高そうなお寺にはない、という仮説が今のところ有力ではあるが、偏見な気がしなくもない。

今回撮影した小坊主を含んだ「最新小坊主ショット集(Ver.1.2)を以下に掲載。評価について再度確認すると、「ランク」は本堂までの距離。1は楽勝、5は死にそう。評定は私とママンの二人の訓練されたコーダーにより行われた。評定者間一致率はκ=.95くらいはあると推察される。評価が一致しない場合は、話し合いにより決定した。「トイレ」は○か×かが基本。加えて、それ以外の情報もたまに入っている。

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2005年08月25日

実家、そこは自然との共生の場

【実家の庭で自生するキノコ】

私は夏の実家があまり好きではない。なぜならそこはプチジャングルと化しているからだ。クモがでるのは当たり前、ゴキブリもたまにでるし、庭の木はセミだらけ。虫が嫌いな私は、出かけようとして玄関をでるまでによく悲鳴を上げる。女子らしく「きゃ~☆!!」とかならまだかわいげがあるのだが、私の場合「ぬぉ~~!うげ~~!」と、到底カワイイとはいえない叫び声をあげてしまう。近所の人に「あの子は頭がおかしい」と絶対に思われている。

私の叫び声の強度は、遭遇した虫の移動空間(2次元・3次元・どちらかわからない)×移動スピード(速・遅)の組み合わせによって決定する。一番強度が強いのがゴキブリ(どちらかわからない、速)で、逆はダンゴムシ(2次元、遅)。実家に帰った数日後、早速手のひらサイズのクモが勝手口をあけたところにいて、悲鳴を上げた。あぁやっぱり夏の実家はダメだ。

あーぁと思いながらPCがある部屋に向かい、キーボードカバーを開いた瞬間、茶色い物体が私の目の前を高速移動していった。「ぎぇ~~~~~!」とひとまず叫び声。これまで体験したどの虫よりも高速。クモもたいがい速いのだけど、移動している様子は目で追える。今回は、何も見えなかったのだ。左から右に行った、と言うことしか分からなかった。

おそるおそる右方向を見ると、ちょろんとシッポが見えた。なんとトカゲ。私はいすの上に立って「ぎゃーおかーさーん!でたー!でたー!ぎぇ~~~!」と叫び続けた。私は虫がでると必ず高い(=虫が来にくい)場所に移動して助けを求める。ママンは虫だと思ってハエたたきを持って助けに来てくれたが、相手はトカゲ。そんなものでピシャリとたたいてやっつけられるような輩ではない。しかも隅の方に行ってもう見えなくなった。今までこの実家で長い間暮らしてきたが、トカゲが室内にいたのは初めてだ。死にかけた。

ところでうちのママンはキンチョールのことを「シュッコロ」と呼ぶ。私は子供の頃からママンがシュッコロシュッコロ言っていたので、正式名称はシュッコロだと思っていた。今日「ねぇねぇなんでうちはキンチョールのことをシュッコロて言うのん?」と尋ねると、「昔CMでやっていたから」とのこと。うちのママン世代には通じるかもしれないが、私が外で虫に遭遇し、気が動転したときに「シュッコロ持ってきて~~~!」と叫んだところできっと誰にも通じない。気をつけよう。

シュッコロを使ってうちのパパンがトカゲをやっつけようと試みたのだけど、結局トカゲは見つからなかった。またどこからともなくやってくるかもしれない。外にいる分だとまだいい。でも部屋の中にいるととたんに恐怖度が増す。あと数日、私は自然とともに生きる。生きざるをえない。

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2005年08月23日

実家に迫りくる魔の手

実家に帰省中なのだが、危険いっぱいな出来事が2回あった。まずは(おそらくマンション系セールスの)20時くらいにかかってきた電話。実家にいるころ電話係を務めていた私は自然と電話に手が伸び、「はいもしもし」。すると「三上ですが、○○(←うちの家の名字)先生いますかぁ~?」と、すっごい軽い感じの男の人が話しかけてきた。アヤシイと踏んだ私は、「は?先生?」と返事。すると「あ、そうですそうです。小学校の」と言うではないか。相手の持っていると推察される名簿は現在のものではない。なぜなら実家には、昔小学校に行っていた人はいるが、現在小学校に勤務している人はいない。ヤツはもうこの時点でボロを出した。

「あ~…いませんけど」と切り返した。ここからが恐ろしい。なんと相手は、「…はぁ(ため息)…何で嘘つくんですか?奥さんこの前もいないっておっしゃいましたけど、大事な話があるんですよ、先生に!」と関係者を装い逆切れしてきた。ただし、逆切れで私を脅かそうとした発言中にヤツはまたミスを犯した。小学校に行っていた人はうちのママン、すなわち「奥さん」なのだ。うちのママンの名前は名簿を見ただけでは女性か男性か分からない。むしろ男性と勘違いする人が多いそうだ。

電話の主は、大事な用があるのにその相手の現職を知らない。さらに、大事な用がある人が、その相手の性別を間違えることは絶対にあり得ない。私は確信を持った。「コイツは知り合いではない」。

「あなたのこれまでの発言の中で、どうかんがえても整合性がつかない箇所が2点ありました。まず一つ目は…」と喧嘩をしても良かったのだが、私は現在ここに住んでいるわけではない。相手は逆切れしてくるほど短気なヤツだ。なんか気に障ることを言って、その後嫌がらせをされると両親に迷惑がかかる。その上私はビビリだ。できれば戦いたくない。なのでひとまず「あ、すみませんすみません、でもホントにいないんですってバ。じゃ切りま~す。」と告げ、まだぎゃーぎゃーいっていたけど「ぷち」と切っておいた。あぁ怖かった。その後電話はかかってこない。重要な用事であれば、もう一度かかってくるはずだ。やはりヤツは知り合いではなかった!

その次の日、私は両親の出勤時間に合わせて起床。一人暮らしだといいのだが、誰かが他に住んでいるのに起きたら誰もいなかった、という状況が私は嫌いだ。なのでぼ~っとしながら朝ご飯を食べて、人がいなくなってからまた寝た。特ダネが終わる頃に覚醒し始め、出かける準備でもしようかな…と思っている矢先に「ぴんぽ~ん」。

普通なら無視なのだが、私はここで衝撃的な事実に気づいた。「クーラーがついている!」。室外機が玄関の横のあたりに設置されているので、誰かがいることがバレてしまっているのだ。仕方なく「は~い」と言って玄関まで行くと、おじさんが「すみませ~ん」と言いながら立っていた。「なんのご用でしょう?」と尋ねるとなんと無視。鍵を開けろっていうのか!?私は負けじと「どなたでしょうか!」と大きめの声でいってみた。すると「味噌を持ってきたんですけど…」と言うではないか。はぁ?味噌??全く理解が進まなかったので、「あ、あの配達か何かでしょうか?」とさらに質問すると、「いえ、味噌の無料配布キャンペーンをしているのでお届けしに来たんですよ~」みたいな感じで言われた。唖然としながらも、「あ、今家に誰もいないんで(私はいるが)…」と言うと、そうですか、では…と帰っていた。ミソ?訪問販売で味噌?全く意味が分からない。

昼時に祖母宅でその話をしてみた。「きいてきいて~さっき味噌のキャンペーンとかって人が来てさ~」。するとそこにいた叔母が、「あぁ~信州味噌 信州味噌!うちにもようくるわ~」とコメントしてきた。なんと、味噌訪問販売はここのあたりでは結構ありがちな話なのか。なんという場所なのだろう。

祖母宅にいるときにも勧誘みたいな電話が少なくとも2回かかってきていた。祖母は「留守番してるだけやから分かりません~がちゃ!」とやっていた。ある意味強い。

今度電話がかかっていたときには戦ってもいいという許可が下りた。怖がりだけど完全に勝てると思ったらやっつけてやろうと思う。一人暮らしよりもはるかにスリリングだ。

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実食サーターアンダーギー

【きなこやのサーターアンダーギー】

私はだいぶ前(おそらく6月くらい)から沖縄の郷土菓子である「サーターアンダーギー」を食べたくて仕方なかったのだが、先日とうとうそのチャンスが巡ってきた。たまたまふらっと立ち寄った東急ハンズで「沖縄キャンペーン」が開催されていたのだ。その中に「サーターアンダーギー」を発見。「うわ!」と思い、早速購入。

以前「サーターアンダーギーが食べたいのにお土産で買ってきてくれなかった」とたべものの恨み全開の記述をした後に、「イトーヨーカドーに売ってるから、はよ買ってきて食べなさい」と友人からアドバイスをもらっていた。しかしながら、「イトーヨーカドーのサーターアンダーギーなんて、絶対沖縄の本当の味じゃない!」と勝手な憶測の元に購入は控えていたのだ。

東急ハンズのサーターアンダーギーは、「沖縄キャンペーンコーナー」で、「ばら売り」されていた。たったこれだけの違いで私の脳みそは「このサーターアンダーギーは本物に限りなく近い味をしているに違いない」という結論を下した。なんと浅はかな脳みそなのだろう。

帰宅後、ワクワクしながら食べてみると、今までに食べたことのないような味。ミスドのオールドファッションを薄くしたような味だった。とくに甘みがおかしい。甘みが「薄い」のだ。食べる前に味の濃い料理やらお酒やらを飲んでいたため味覚がおかしくなっていたのかもしれない。2個購入していたのだけど、1個で満足。

「そんなおいしいもんちゃうって」と友人に言われたような言われなかったような気がするが、その時は聞く耳持たずだった。もし言われていたとしたら、その言葉は非常に適切であった可能性が高い。私が次回サーターアンダーギーを食べるとしたら、沖縄に自分で行って、サーターアンダーギーを油で揚げているオバァの姿を実際に見たときだろう。

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2005年08月22日

決戦は先週の金曜日だった

【MOS BURGER ナン・タコス・アボカド】

ナン・タコス。見た目、味は最高。でも食べにくい。ちょっとでも気を抜くと口の周りがチーズまみれになってしまう。

このちょっとしたフレーズが、一人の勇者を生み出し、そして幾度(2回)となく敵(ナン・タコス)に挑戦させ、不必要な敗北感を味あわせる原因になろうとは。詳しい戦記は以下を参照されたい。

  激闘!ナンタコス!今日こそ決着をつけてやるゥゥ~~!愛憎劇の行方やいかに!?家政婦は見ていない!!

申し訳ないと思いつつも、彼の失敗や他の方々からのアドバイスをコッソリ参考にして、気になっていた「ナン・タコス アボカド」を金曜日に食べてきた。アボカドは「緑モス」でしか販売されていない。モスのWEBサイトで緑モス検索をし、江坂店に照準を絞った。ちょっと迷いながらも無事到着。メニューをほとんど見ずに「ナンタコスのアボカドのセットください」と注文。新鮮なアボカドがのせられることもあり、完成には少々時間がかかりそうだ。

5分くらい待って完成。早速写真撮影。うーんおいしそう。最後までおいしく食べるために、私はコッソリ盗んだ情報から作戦を立てていた。それは以下の通り。

①小さい方から大きい方へ食べ進める。
②トルティーヤ・チップスのトゲに細心の注意を払う。
③常に先手先手を考えた一口を。

この作戦を実行に移した結果、かなりスムーズに食べ進めることができた。一度レタスの千切りの切れ端がブランコみたいにナンから顎に激突してきてそのまま顎に張り付くという奇襲攻撃を受けたのみ。即座ににナプキンで拭き取り、知らんぷりを決め込む。そんな事実はなかった。しかしながら、終盤で若干先の手が読めなくなり、5分ほど戦闘停止。写真などを撮りつつ気分を落ち着ける。

この状態から、①右側のトマトの手前までで一口。②中央のチップスAを撃墜する一口。③その左側に横たわるチップスBをさらに撃墜。ここまでで分量が半分になる。④最後のチップスCが後方にくるようにナンを90度方向転換させる。⑤チップスCの手前まで一口。⑥チップスCのトゲの方向に細心の注意を払って最後の口撃。⑦トゲが取り除かれた平和な一口で最後を〆る。 という作戦を立てて再びナンに挑んだ。結果…

落ちたトマトの数:2
使ったナプキン:3枚
味:プライスレス

お金で変えない価値がそこにはありました。この快感を味あわせてくれた勇者kohさまに心より感謝し、終わりの言葉と代えさせていただきます。…私の中で戦いは終わりました。ナン・タコス万歳。

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2005年08月19日

久しぶりの友人との会話

今日久しぶりに中・高の同級生友人と電話で話をした。9月に東京に行くから遊んで~という趣旨のメールを送ると、返事が電話。私の友人には携帯メールを打つのが嫌いな人が多い気がする(2人)。私も結構そうだ。でもそれはおそらく端末のせい。「絶対に1を5回押して“お”を出したはずなのに、画面には“え”が出ている!」ということが多く、そのたびに私は腹が立って携帯をポイする。画面見ながらやれよといわれてもできないからどうしようもない。

その友人はベッピンさんウォッチャー歴10年の私が自信をもって断言するベッピンさんで、交友関係が非常に広く、話を聞くのが楽しくて仕方ない。例えば友達がスチャダラのBOSEの彼女だとか、戦闘竜とご飯食べたとか、服屋の事務所にいたタッキーに挨拶された時のタッキーが肌ツヤツヤだったとか。いつもすごいなぁと思いながら話を聞いている。以前彼女の自宅に泊めてもらったとき、たまたまどこかのお店のオープニングパーティが原宿であり、参加させてもらったことがあるのだが、どうも世界が違った。恵比寿のクラブ(ARATA発見)にも連れて行ってもらったことがあるのだが、それもなんだか世界が全くもって違った。私はこういう場所に連れて行ってもらうたびに庶民の子であることを痛感する。話を聞くだけでおなか一杯の満足感が得られてしまう。

そんな彼女は最近「猫ヒロシ」を見るためにROCK IN JAPANに行ったらしい(チケットはもらったと…)。ROCKと冠するイベントに猫ヒロシ?私は全く理解できなかった。するとどうやら10分くらいだけ「つなぎ」で登場していたみたい。あいかわらず面白い子だ。

猫ヒロシでも十分面白いにもかかわらず、私はさらに「最近なんか面白いことあった?」と得意な質問を投げかけてみた。すると「彼氏が出来たよ」とのこと。「あれ?前(1月)に付き合ってた人は?」と尋ねると、「あ、そうそう、その人」とお返事が。つい2週間くらい前に、「あ、そういえば…付き合ってください!」といって右手を差し出されたらしい…。1月の時点で、その男の子は友人の家に住んでいた。なんか間違っている気がしてならないが、同僚に話すと「それもそれでまたお互い燃えるんちゃうん」と言われた。本当にそうなのだろうか。恋愛レベル中学生恋愛観レベルお子様(18歳以上30歳未満の女性を選択したら大人レベルだった!)の私にはわからない。

でも友人のことはなんだかんだ好きだ。うーん。

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2005年08月17日

チャッキーが本気で怖い私

チャイルド・プレイシリーズをはじめてみたのはアメリカにいるときだった。人形のくせにすっごい意地悪な上に凶暴で、見ていて衝撃を覚えたものだ。基本的には怖いし、私はホラー映画なんて絶対見ないのだけど、ちょっとおもしろいところもあった気がする。でもそれはきっとチャッキーのあくどい顔がおかしかったというのが大きな理由だ。ほんと、人形のくせに人を殺しすぎ。あと、CHUCKYという発音が私には非常に難しい。アメリカ人にチャッキーが怖かったことを話そうとしたときに、1回目通じなかった。人形のくせに人も殺すし、発音が難しいなんて、本当に酷いヤツだ。許せない。

でも、所詮人形なのだから、「回し蹴り一発でマウントポジション⇒数回顔面パンチ」で完勝できる気がするのだが、どうなんだろう。チャッキーは子供の姿をしているのに頭脳はコナンばりに大人だから、きっとみんなナメてかかってやられたのだろう。あと、チャッキーと戦うときは絶対武器を使ってはいけない。チャッキーに奪われたら絶対やられる。リーチの長さを生かして素手で戦うべきだ。

なんとチャイルド・プレイシリーズの新作が公開されたらしい。絶対見に行くことはないだろうけど、舞台挨拶に山崎邦正がチャッキーの姿に扮して登場したというのがおもしろかった。

  え? チャッキー人形は日本製だった!? 山崎邦正も自信満々!

山崎邦正にも、チャッキーに対してと同様の戦法で勝てる気がする。

ところで、チャッキーが次から次に人を殺していくのは覚えているのだけど、なんで殺しているのかがどうも思い出せない。と思って調べてみた。以下のオフィシャルサイトにこれまでのシリーズのあらすじが掲載されている。そんなに怖くないから見ても大丈夫。でもTrailerは怖くて見れなかった。

  Seed of Chucky: チャイルド・プレイ~チャッキーの種

あらすじを見ると,どうやら私はいきなり3を見たようだ。「シリーズ中最も精彩を欠いていた」と書かれていた。…


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2005年08月15日

さらに鉄分不足を補ってみる

【鉄分摂取に必死な私】

先日の若鶏もも(皮なし)だけではどうやら鉄分不足は補えてない。まだふらふらする。ということで今回は本気で鉄分を取りに行った。ひじき、鶏卵,すりゴマ,ほうれん草を使ってせっせと鉄分摂取。これでもふらふらするのであれば、ふらふらの原因を他に探すことにしよう。

ひじきは煮つけた後、いり卵とともにご飯に混ぜ合わせてひじきご飯。ほうれん草はシンプルにすりゴマと一緒におひたし風にしてみた。あいも変わらず簡単すぎるが、私は煮物を作る時にいつも酒醤油砂糖の割合が分からなくなる。毎回どこかの誰かのレシピをネットで探すのは疲れるし、味が一貫しないのでここに記しておこう。おひたしは、普通にほうれん草を茹でてすりゴマと伝家の宝刀めんつゆとを混ぜ合わせるだけ。「めんつゆ」は適度に甘く調合されているので調味料として結構使える。

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2005年08月14日

鉄分不足を補ってみる

【独特の味、タイカレー】

最近のふらふらの原因として、まずは野菜不足を疑った。しかしながら、どうやら鉄分不足の可能性もあるようだ。そこで鉄分が多い食材リストの中の一番下に掲載されている若鶏もも(皮なし) を使ってタイカレーを作成。もっとひじきとかを摂取すればいいのだろうが、今日はタイカレーが食べたかったのだ。なので鉄分不足を補うためにタイカレー、というよりは、タイカレーの中に若鶏もも(皮なし) が入っていた、と言う感じ。

私はいつの頃からかタイカレーが好きになった。友人にタイカレーを作るのが得意な人がいて、そこでいつもご馳走になっていたからかもしれない。彼女はタイカレーペーストとココナッツミルクを使って本格的に作るのだけど、私はそんなこと到底無理。なので「タイカレーキット」風なものを色々試した。無印のはおいしいのだけど非常に辛い。あまりに辛いとおいしいと感じる前に唇が腫れる。あーあと思っていた矢先に出会ったのがS&Bの手作り用グリーンカレー

  スパイスフェスタ(手作りセット)/グリーンカレー

このキット、かなりのやり手。煮込み用スパイスも入ってるし、ナンプラーやココナッツミルクパウダーも入っていて本格的。しかも辛さを調節できてしまう。こういうのを待っていました。ついでにいうと化学調味料無添加で、牛関連原材料も不使用(BSEに詳しくなった私は若干気にし始めている)。

パックの裏に作り方が丁寧に記されているので、レシピなど必要なし。作る時に私が気にしていることを以下にメモ。

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野菜不足を補ってみる

【夏野菜を大量摂取】

最近どうもフラフラする。歩いていると地面が揺れているような感じ。別に酔っ払ってるわけでもないのに。お肉は結構食べてるはずなので、きっと野菜が足りないんだ!と原因を勝手に同定した私は、野菜生活の敢行を決めた。といっても簡単に野菜を大量摂取するだけ。夏といえばラタトゥユ。ラタトゥユといえば夏。と言うことで野菜大量摂取料理レシピを以下にメモ。レシピとはいえないほど簡単である。

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2005年08月13日

メッセンジャーの手書き機能

【どらちゃんのしっぽ】

先ほどMSNメッセンジャーの手書き機能を使って遊んでいた。しばらくは文字を手書きで書いて楽しんでいたのだが、そのうち何故か「ART」がテーマに。ドラえもんが向こう側から送信されてきたので、私はしっぽを描いてそれに対抗した。結構会心の出来だったのだが、いかんせん私には絵心がない。なので「どらちゃんのしっぽ」と、ARTにはあるまじき「説明」を付加して送信してしまった。しかも私は、はじめ「どらやんのしっぽ」と書いてしまっていた。その後必死に「ち」を付け足したため、「ち」がものすごく縦長になってしまっている。

このART自体、部屋に飾っているグルーヴィジョンのドラポスターのぱくりなのに。こんなんじゃ全然ダメだ。反省しながらも、しばらくきゃっきゃきゃっきゃ遊んでいたのだけれど、「そろそろいいよね」のコンセンサスにより、遊びは終了。絵心はないわ「どらやん」と書いてしまうわあきっぽいわでもう大変。

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科学技術コミュニケーション5

【修了証をもらった!】

「科学技術コミュニケーションプロジェクト」最終日。今日は午前中に前日の「評価者役」でチェックした良いところと悪いところを各自が発表していく作業を行ない、午後は全体の振り返りと言うまとめの日だった。評価者役から私の所属する研究科チームがいただいたお言葉は、「解決策を呈示している点が良かった」、「パワーポイントに工夫が見られてよかった」、「逆にパワーポイントで説明不足の箇所があった」など。今後の参考になる指摘ばかりだった。全体として、もう少し押しを強くしておけばよかった。最後の最後は、ものごとをまる~くおさめたいと考えるのは、うちの研究科の特徴かもしれない。

全体の振り返りの時には、面白い話がたくさん聞けた。ワインバーグという物理学研究者が、「Trans Science」という考え方に関する論文を文系の雑誌に投稿したらしい。これまで「科学」は全ての思想から切り離された場所に「中立的で客観的な事実」として存在し、そしてそこで得られた知見が政治場面での意思決定に利用されると考えられてきた。しかしながら、最近ではその「科学」と「政治」が切り離されず、複雑に交わった状態になってしまっていると言うのだ。科学者は「科学は客観的な事実であり、政治とは切り離される」と願ってやまないのだが、現実はそうではない。科学者がその現実を知ることはもちろん必要だけど、科学がもはや中立的で客観的事実に基づいたものだけではないということを知らずに、「科学的根拠に基づいた」などというおまじないのようなフレーズに一番騙される可能性が高いのは一般市民である。

科学は科学の枠組みにおいて説明できるものしか研究対象としないし、まだまだ科学で解明できない現象はたくさんある(細木数子の6星占術とかおばけとか)。さらに、何かの現象が科学で解明できたとしても、その解釈は政治的立場によって様々な形に変容しうる。このような「科学の危うさ」を分かっておかないと、のちのち大変なことになりそうだ。うーん気をつけよう。

もう1つ興味深かったことは「研究からの距離と分からなさの程度の関係」。研究者は、自分の研究していることに対して「何が分かっていないか」ということをある程度分かっている。ゆえにUncertainty=分からなさの程度も高い。そこから少し距離が遠くなると、分からなさの程度が非常に低くなる。そこにいる人たちが「行政」や「新聞記者」らしい。彼らはたくさんある情報(分かっていることや分かってないことなど)を短くまとめる必要がある。そこで情報の一部が欠落し、結果として「分かっていないこと」が省かれてしまう場合が多い。これには納得した。

最後、総評として一番頭に残ったのは、「10年後20年後、答えづらい質問をされてもそれをうまくかわせる技術を身につけていると思います。でも、皆さんが今回の演習で見せた、分からない質問をされた時の「マズッ」と言う表情ができることも、非常に大切なのです」という言葉。確かに、前回「市民役」からされた質問に対して、私は「うげげ、そんなこと聞かれても…すみませんでした」という表情を何回もしたし、「わからないです」という返答もした。それが年をとるとそういう姿勢を全く見せず、ふんぞり返って偉そうになってしまう場合もあるらしい。正直「すみませんでした、わかりません」は私の最も得意とする返答なので、きっと10年後20年後もその返答をしなくなることはないように思う。かといって全ての問いに対して「すみませんでした、わかりません」だとマズイのだろうが…。

10時~16時×5日間は非常に疲れたけれど、得るものはたくさんあった。CSCDサポーターとしてのメーリングリストにも登録したので、これからも関わりをもっていきたいと思う。10時開始のおかげで、現在の私の生活リズムはすこぶるよい。

Posted by ayaM at 12:28 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2005年08月11日

科学技術コミュニケーション4

【今日は研究科ごとのプレゼン】

「科学技術コミュニケーションプロジェクト」4日目。今日は前回与えられた「牛肉輸入再開へ向けての質問」に回答するプレゼンを研究科ごとに行う。その際、他の研究科から「市民役」、「評価者役」という視点でプレゼンに対する質問やコメントが入っていく。私の所属する研究科は、①基礎工学研究科の発表の時に「市民」として質問、②理学研究科のプレゼンと市民として彼らに質問をする基礎工学研究科とのやり取りを評価、そして③専門家として理学研究科にプレゼンを行なう、という順序で参加した。

基礎工学研究科の発表は、内容自体に専門性はあまり感じられない気がしたのだけれど、思考スタイルにその専門性がでていた。ように思う。うちのメンバーがした「統計的根拠と科学的根拠に違いはありますか?」という質問に若干困っていた。というのもBSEに関する措置として、日本は「全頭検査」を行っているのだが、アメリカはサーベイランスプログラムによって全体の何パーセントかの牛をランダムに選抜し、BSE感染に関する検査を行なっている。日本の主張としては、「全ての牛に対して検査を行い、感染の疑いのある牛を徹底的に洗い出すことによって感染経路や感染原因を把握する」ことがある。加えて、流通の前の段階でアヤシイ牛をすべて排除することも目的としている。

一方で、アメリカは、「20ヶ月齢以下の牛に対して検査を行なっても、擬陽性反応が出る場合が多く、検査はあくまでBSE蔓延の把握が目的である」としている。つまり、母集団(全ての牛)から何パーセントかをランダムに抽出し、そこから全体を推測すると言う手法を使っているのだ。そして、彼らは彼らの方法を「科学的に妥当である」と考えている。

基礎工学研究科の方々は、「データがたくさんないと全体がどうなっているのか分からないので、統計的根拠と科学的根拠には違いがある」といっていたのだけれど、ここで科学に対する認識の違いみたいなものがあるような気がした。私たちは、いわゆる「推測統計」といわれるような、「一部から全体を把握する手法」を用いてある現象に対して「科学的な説明を行なった」と言うような立場をとる。なので、統計的根拠は科学的根拠を支える一つのデータであると考える。でも、きっと基礎工の方々はそういう考え方はしないのだろう。「絶対不変の真理が存在することこそが科学である」という認識なのかもしれない。

他の研究科のプレゼンを見ていて非常に面白いと思ったのが、法学研究科の発表。2003年度の全輸入届出件数(168万3千件)から17万1千件を選んで調査をした中で1419件の違反(=摘発)があったということだ。率にすると1%に満たないが、法律違反における1%は「結構違反が多い」と考えるらしい。私の所属する研究科のメンバーに、「うちのとこは5%で有意っていっちゃいますけどね」とコッソリはなしかけると、「うちなんか10%でも物言っちゃったりします」とのお返事。分野によっても数字の持つ意味が変わるのだ。確かに、医療場面なんかにおける臨床研究でも、100人中5人は死にますが、この薬は使ってもいいと思います」なんて話になると結構大変だ。なかなか興味深い。

私たちの研究科の発表は、結構うまく行ったように思う。提案したコミュニケーションのモデル(3日目の記事の終わりのほうに説明あり)は、実現可能性に関して若干の指摘があったものの、発想は現状の問題点を払拭できる可能性のあるものだったのではないだろうか。予定を少し過ぎてしまったけれど、色々なことに気づかされるいい機会だった。

本日は某新聞社の記者さんが来ていた。そのうち記事になるらしい。かなりアグレッシブな女性で、研究科ごとに聞きたい(というか書きたい)ことをズバズバ質問していた。ただし、インタビューを方法論とするうちの研究科のメンバーからすると「かなりマズイ」やり方らしく、非常に誘導的であるようだ。私もそれは直感的に感じた。といっても、CSCDの取り組みを記事にしてもらえるのはきっとありがたいこと。

その記者さんに聞かれて、理系の人が「文系研究科による言葉の定義に関する質問」に戦々恐々としていたことが判明した。言語的コミュニケーションは、私たちの生活になくてはならない。でも思った以上に曖昧なことだってある。そこのあたりの定義づけをきっちり行いたいと考える文系の人たちに共感する私はやっぱりどう転んでも文系思考のようだ。

Posted by ayaM at 22:44 | Comments [0] | Trackbacks [0]

ダメダメ犬とダメダメ家族

【うちのおバカ犬】

私が小学校6年生の時にやってきた、うちの愛犬。従姉妹がブリーダーをやっている時期があって、その時に生後1ヶ月の、一番カワイイこの子を誘拐してきた。幾度となく脱走しながらも、まだなんとか健在である(一度保健所まで連れて行かれていて、あと1日遅かったら処分されていたという経緯あり。その後数日はさすがに元気がなかった)。あまりに脱走するので、リードを2つつけて1つはずされてももう1つ、という対策をとっている(写真参照)。彼はいったん自分がリードから放たれ自由の身になったことに気づくと、とたんに庭を走り回る。そして、「捕まえられるなら捕まえてみなさいよ」と言わんばかりに、「正面から対峙⇒捕まえようとする私のわきを高速ですり抜ける」という行為を延々と繰り返す。「もう知らない!プンスカ!」とほっておくと、とたんにおとなしくなって庭でだらーんところがっている。でも、「そろそろ」と近寄ると、まだ元気がある場合に限っては新たな対決を挑んでくる。

大きな犬なので一見番犬向け?などと思うと大間違いで、例えば隣の人が用事で家にやってきたとき、その人が帰る時になってようやくほえ始める。さらに、「わんわんわん!」と珍しく威嚇声でほえているので見に行ってみると、コオロギにほえていたこともある。もうほんとにどうしようもないダメ犬なのだ。

「犬は飼い主に似る」はよく聞く話で、うちの犬がダメダメと言うことは、すなわちうちの家族がダメダメであると言うことをあらわしている。

例えば私。散歩が大好きなうちの犬は、散歩用リードに付け替えられるといてもたってもいられなくなって、玄関の門めがけてすごい勢いで私を引っ張っていく。そんなうちの犬に向かって、「もう~!やめてよ!何回言ったら分かるわけ!?」とマジ切れしている私はダメダメだ。

さらにうちの母親。ある朝仕事に向かう途中に、リードがないハスキー犬がうろうろと道端で徘徊しているのを見かけました。

「また脱走してる!」

ママンはぎょっとして車から降り、「あんた何してんの!こっちきなさい!」(私と同じ症状)と声をかけて乗車を促し、帰宅の途へ。ぷんぷん怒りながら首をつかみ家に戻ると、うちの犬が小屋から頭だけ出してその様子をじっと見ていました。そうです、ママンは全く別犬を誘拐してきたのです。

ママンいわく、「うちの犬はよく脱走する。今、目の前に脱走中のハスキー犬がいる。ゆえにこの犬はうちの犬である」という論理的には全く破綻している思考を経て、確信をもって連れ帰ってきたららしい。もう本当にダメダメ家族である。

このように、ダメダメっぷりを露呈しつつも、家族と犬のコミュニケーションによってあたらしい「何か」が生まれている点は非常におもしろい。雷や大雨の後はおなかを壊してしまうほど臆病な我が家の愛犬だけど、いるといないとではいろんな面で大違いである。

Posted by ayaM at 18:24 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2005年08月09日

器は食に欠かせない。

【BLTもどきと香蘭社の器】

いくらおいしいお料理を作っても、器がそのお料理にあっていないとそのお料理は損をする。逆に、貧相なお料理も器がよければなんとなく見栄えがよくなった気になる。一番いいのはおいしいお料理とそれにぴったり合った器なんだろうけど、まぁそういうわけにもいかないのが私だ。

うちのママンとパパンは「焼きもの」が好きで、たま~に窯元まで出かけて器を買ってくる。数年前、有田焼・伊万里焼・備前焼の窯元めぐりの旅行にくっついていった。出発~九州~岡山~帰還の流れ。器を買うので車で行かないとダメということで、パパンの運転でいざ出発。私は当然のことながら後部座席でお菓子食べたりジュース飲んだり、ガムかんだり寝たり。気づいたら九州、あら意外と近いのね的な道程であった。

中でも有田三右衛門と言われる柿右衛門、今右衛門・源右衛門の窯元めぐりは面白かった。その3つの窯ではお菓子とお茶が出てきたのだが、器購入とは全く関係のない私は、器ではなく出されるお菓子を比較して楽しんでいた。一番良かったのは今右衛門窯のチョコレートケーキ。ただし柿右衛門窯では地元のお土産風の、「オリジナル柿右衛門菓子」みたいのがでてきて驚いた。展示されている乳白色の器たちも素晴らしかった。「教科書にでてくる酒井田柿右衛門だもんなぁ」と思ったものだ。

有田三右衛門意外で有名な窯元に「香蘭社」がある。ここの食器は全国のデパートでも展開されていて、三右衛門より私には身近な感じ。

  香蘭社 Official web site

工房と道路を挟んで置かれているショールームで買ってきた横長のお皿とマグカップ、そしてお漬物を乗せる程度の小さな器セットを実家から奪いとり、現在私が使っている。誤って変な料理を作っても、これに盛り付けると幾分ましになる。本質的な問題(旨いもの作れよ)が解決されているのかと怒られるかもしれないけど、目で食すことも大事だ。

たまに「はまりシーズン」がやってくる、BLTサンドを香蘭社の器にのせて、マグカップにスープでも入れとくと、ちょっとくらいまずくてもまずくなさそうに見えるから不思議だ。簡単すぎてビックリするけど、おなか一杯になる。以下にレシピメモ。

Posted by ayaM at 10:19 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2005年08月07日

沖縄居酒屋轟屋(GO-YA)

【念願の海ぶどう】

沖縄居酒屋轟屋(GO-YA)
大阪市北区堂山町1-21(阪急東通商店街最奥)
06-6366-0124

暑気払い。夏らしく沖縄料理が選ばれる。私はテレビで誰かが食べてた(多分広末涼子)「海ぶどう」に心惹かれていた。食べてみたい。すると今回のコース料理には入っていなかったけれど別オーダーで頼んでくれていた。やったー。

早速味見をしてみると、味がなかった。でも食感がおもしろくて前歯でプチプチさせながらたくさん食べた。「おいしい」という表現は適切ではないが、「興味深い」一品だった。大満足。その他にもゴーヤチャンプルや、ゴーヤ茶などを食して沖縄気分に浸る。ゴーヤ茶はまずかったけど、青汁と同じ感覚で「まずい!もう一杯!」といえそうな気がした。健康に良いかも、と思うとかなりはまりそうだ。はじめての沖縄料理は全体的においしかった。

私は2ヶ月ほど前から「さーたーあんだぎー」が食べたくて仕方がない。沖縄に遊びに行く予定だった友人に買ってきてと頼んでおいたのに、「売り切れてた」とかいう絶対にありえない理由でお土産無し。「そんなばかな」と言うと「荷物がいっぱいでさ~なはは」とすんなり白状。以前妹にDVDを買ってきてくれと頼んだ時と全く同じ言い訳だったのもおもしろい。さらにこの言い訳は私も使用しかねないので怒ることはできない。今回のお店に若干期待していたのだが、残念ながらなかった。いつの日かチャンスが訪れることを祈りつつ、店を後にしたのだった。

Posted by ayaM at 01:47 | Comments [11] | Trackbacks [0]

2005年08月06日