2005年08月13日

科学技術コミュニケーション5

【修了証をもらった!】
「科学技術コミュニケーションプロジェクト」最終日。今日は午前中に前日の「評価者役」でチェックした良いところと悪いところを各自が発表していく作業を行ない、午後は全体の振り返りと言うまとめの日だった。評価者役から私の所属する研究科チームがいただいたお言葉は、「解決策を呈示している点が良かった」、「パワーポイントに工夫が見られてよかった」、「逆にパワーポイントで説明不足の箇所があった」など。今後の参考になる指摘ばかりだった。全体として、もう少し押しを強くしておけばよかった。最後の最後は、ものごとをまる~くおさめたいと考えるのは、うちの研究科の特徴かもしれない。
全体の振り返りの時には、面白い話がたくさん聞けた。ワインバーグという物理学研究者が、「Trans Science」という考え方に関する論文を文系の雑誌に投稿したらしい。これまで「科学」は全ての思想から切り離された場所に「中立的で客観的な事実」として存在し、そしてそこで得られた知見が政治場面での意思決定に利用されると考えられてきた。しかしながら、最近ではその「科学」と「政治」が切り離されず、複雑に交わった状態になってしまっていると言うのだ。科学者は「科学は客観的な事実であり、政治とは切り離される」と願ってやまないのだが、現実はそうではない。科学者がその現実を知ることはもちろん必要だけど、科学がもはや中立的で客観的事実に基づいたものだけではないということを知らずに、「科学的根拠に基づいた」などというおまじないのようなフレーズに一番騙される可能性が高いのは一般市民である。
科学は科学の枠組みにおいて説明できるものしか研究対象としないし、まだまだ科学で解明できない現象はたくさんある(細木数子の6星占術とかおばけとか)。さらに、何かの現象が科学で解明できたとしても、その解釈は政治的立場によって様々な形に変容しうる。このような「科学の危うさ」を分かっておかないと、のちのち大変なことになりそうだ。うーん気をつけよう。
もう1つ興味深かったことは「研究からの距離と分からなさの程度の関係」。研究者は、自分の研究していることに対して「何が分かっていないか」ということをある程度分かっている。ゆえにUncertainty=分からなさの程度も高い。そこから少し距離が遠くなると、分からなさの程度が非常に低くなる。そこにいる人たちが「行政」や「新聞記者」らしい。彼らはたくさんある情報(分かっていることや分かってないことなど)を短くまとめる必要がある。そこで情報の一部が欠落し、結果として「分かっていないこと」が省かれてしまう場合が多い。これには納得した。
最後、総評として一番頭に残ったのは、「10年後20年後、答えづらい質問をされてもそれをうまくかわせる技術を身につけていると思います。でも、皆さんが今回の演習で見せた、分からない質問をされた時の「マズッ」と言う表情ができることも、非常に大切なのです」という言葉。確かに、前回「市民役」からされた質問に対して、私は「うげげ、そんなこと聞かれても…すみませんでした」という表情を何回もしたし、「わからないです」という返答もした。それが年をとるとそういう姿勢を全く見せず、ふんぞり返って偉そうになってしまう場合もあるらしい。正直「すみませんでした、わかりません」は私の最も得意とする返答なので、きっと10年後20年後もその返答をしなくなることはないように思う。かといって全ての問いに対して「すみませんでした、わかりません」だとマズイのだろうが…。
10時~16時×5日間は非常に疲れたけれど、得るものはたくさんあった。CSCDサポーターとしてのメーリングリストにも登録したので、これからも関わりをもっていきたいと思う。10時開始のおかげで、現在の私の生活リズムはすこぶるよい。
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修了おめでとうー.私の研究はものすごく外部と情報交換しながらやっていかなければならないので,こういうコミュニケーション能力大切だと身に染みて思っています.今度いろいろ教えてください.
ありがとう~。ナノについて分かったつもりで調子に乗っていた私は、大腸菌を研究している人に最終日に質問を試みました。でも玉砕しました。やっぱり理学系は私にとって最遠の研究領域だと痛感。
全体を通して「わからないことがわかった」ことが一番の収穫です。また今度お話しします~(覚えてることだけね、プレッシャーに弱いから)。